『失われた時を求めて』にみる

<hausser les epaules>の意味について


グロータースの『誤訳』によれば,「イタリア人は話をする時に,手や表情でいろいろな身ぶりをする.だから,イタリアの映画は,字幕がなくてもほとんどわかったような気になるのはそのためである.しかし,実際には,こういう記号は大部分イタリア人どうしの間だけで通じるもので,外国人には<通訳>が必要である.このことは,文学作品に,主人公がhe frowned(顔をしかめた)とか,il haussait les epaules(両肩をすくめた)とか書いてあるのを訳す時に起こる問題とつながるものである.」(1) ここでhausser les epaulesは日本語の肩をすくめるにあたるのか.この問題に答える前に日仏の辞典類から肩の動作に関する情報を与えよう.

まず日本語で肩を高める動作を示す表現.肩を怒らす[肩を高く立てて,いばった態度をとる],肩をそびやかす[肩を怒らすにおなじ],肩を張る[肩を怒らすにおなじ],肩で笑う[肩を動かして笑う.相手をばかにした高慢なさまをいう],肩で風を切る[肩を怒らせて威張って歩くさま.得意気にふるまうさま],肩をすぼめる[恐れ入ったり,はずかしく思ったりするさまをいう],肩をすくめる[肩をすぼめるにおなじ],首をすくめる[失敗や照れ隠しなどのために.首をちぢめる](2). こうして日本語で肩を高める動作の表現は意味上ふたつの系列に大別される.威勢,横柄,高慢,軽蔑,得意などを示すものと,恐縮,羞恥,困惑などを示すものとである.

次に仏々辞典に収録されているhausser les epaulesの意味.indifference,mepris,quelque autre sentiment(Tresor,epauleの項目),indifference,resignation,agacement,indignation(Tresor,hausserの項目),mecontentement,mepris(Petit Robert,epauleの項目),dedain,resignation(Ρetit Robert,haussementの項目),mepris,impuissance(Logos,epauleの項目),dedain,insolence(Logos,hausserの項目)(3).

以上の記述から肩の動作の意味はフランス語と日本語とで十分に対応していないだけに検討が必要となる.そこでプルーストの諸例にもとづいてこの表現の中心的な意味と用法を調べようというのが本稿の趣旨である.『失われた時を求めて』からの原文引用はプレイヤード版(全3巻)の巻とページとの略号で指示(4).訳出は原則として井上究一郎氏の邦訳による.また分類は作中人物の性格を考慮して動作主の別とした.

1.Je la trouvais si belle que j'aurais voulu pouvoir revenir sur mes pas,pour lui crier en haussant les epaules: <Comme je vous trouve laide[...]!>(I,142)美少女に醜いと言いたいのだからまず問題となるのは反語である.散歩の途中に会った魅力的な娘の態度は話者には好意的にみえない.「彼女は軽蔑の笑みを浮かべていた」など文脈は彼のペシミスムでみちている.こうして例文の直前の文脈には「卑屈になった私の心は彼女を自分の位置までひきさげようとした.あのとき彼女を不快にして無理にも私のことを思いださせる余裕のなかったことが残念に思われた」とある.以上の状況から肩の動作は相手とおなじ軽蔑を示しているのがわかる.それは相手の軽蔑に対する不満と愛を得たい下心から出たものだということになる.

2.si elle ajoutait: <Elle etait tout de meme de la parentese[...]>, je haussais les epaules et je me disais: <Je suis bien bon de discuter avec une illettree qui fait des cuirs pareils>(I,154)まず返事代りの肩の動作には無視と横柄の意味が読みとれる.レオニー叔母の死に対する話者の態度が気に入らない女中のフランソワーズに屁理屈をいう彼.こうして例文の直前の文脈には「そんなとき彼女がどう言ってよいやらわかりませんとでも言おうものなら,私は皮肉で乱暴な常識をもちだして相手のそんな本音に勝ちなのりをあげた」とある.以上の状況からここでも軽蔑は表面的でふだんのつっけんどんな彼女に乱暴な皮肉でしか答えられない話者の不満が問題となる.

3.<Ce n'est pas comme cela que vous le rendrez robuste et energique,disait elle[...].> Mon pere haussait les epaules et il examinait le barometre(I,11)虚弱な話者の育てかたで祖母と対立する父親の不満がまず問題となる.また祖母との礒論の途中で父親は肩を怒らせて視線をそらせることに注意せねばならない.こうして祖母の非常識な意見に対する無視と年老いた彼女に対する忍従の意図とある種の無力感がそこに読みとれる.

4.--Mais,mon ami,repondit timidement ma mere[...]on ne peut pas habituer cet enfant... --Mais il ne s'agit pas d'habituer,dit mon pere en haussant les epaules(I,36)寝るべき時刻に起きて母を待つ幼少の話者におろおろする母と落着いた父の対応.本例は形式的にも対比をなしている.今度は話者のしつけをめぐって対立するのは両親である.ここで父親は肩を怒らせながらも意見は言うことからもっぱら不満が問題となる.

5.<0u sommes nous?>[...]elle lui avouait tendrement qu'elle n'en savait absolument rien. Il haussait les epaules et riait.(I,115)本例ではことば代りの肩の動作に伴う微妙な笑いが無視の意図をやわらげていることにまず注意せねばならない.例文の前の文脈には「ミサの帰りに月夜で蒸し暑いとなると父は名誉心を満足させるために私たちを長い散歩に連れていったが,父の名誉心といったのは母は方向音痴でこの散歩を戦略家の父の手柄にしたから」とある.以上の状況からここでは軽い軽蔑と得意の意味が優勢となる.

6.Εst ce qu'il ne pourrait pas venir une fois prendre a cup of tea?[...] Mais non,c'est impossible,dit mon oncle,en haussant les epaules(I,79)舞台はパリのアドルフ大叔父の家.訪問してきた少年の話者を茶会に誘う高級娼婦に対する叔父の不満と憤慨がここではもっぱら問題となる.前後の文脈も軍人あがりのぶっきらぼうでいばった大叔父の描写で満ちている.

7.Ah! je vous crois bien,ma pauvre Francoise,repondait ma tante en haussant lesepaules,chez M.le Cure!(I,55)取るに足らないことを大事件のように考えるレオニー叔母に閉口するフランソワーズ.本例では近所の奥さんがもっていた大きなアスパラガスが問題となっている.例文の反語的な調子から彼女の話にとりあわないフランソワーズに対する不満と皮肉の意味が濃厚になる.

8.<Ah! bien>,disait ma tante,tranquillisee et un peu rouge: haussant les epaules avec un sourire ironique,elle ajoutait(I,58)祖父が知らない人に会った話を話者から聞いて異常に驚く叔母.祖父が知合いだと答えた時に叔母の見せる当惑と話者への不満が問題となつている.「皮肉なうす笑い」とあるように軽蔑と皮肉の意図が優勢である.また「顔を赤らめながら」とあるので照れ隠しの意味も読みとれる.

9.<Oui,chez une princesse du demi monde!> avait repondu ma tante en haussant les epaules sans lever les yeux de sur son tricot,avec une ironie sereine.(I,18)株式仲買人を父にもつスワンに王侯貴族との交際があるのを頭から信じようとしない話者の大叔母.「花柳界の」という物言いからは強い軽蔑と皮肉の意図が感じられる.また「編物から目をあげずにすまし顔の皮肉で」とあるので肩の動作はことばを伴うにもかかわらず無視の意味は含まれてくる.

10.Distraite,impulsive,ne songeant pas qu'elle etait avec moi,elle avait eu le haussement d'epaules(III,340)日頃ヴェルデュラン夫妻のサロンから疎外されているアルベルチーヌをいじらしく思った話者は,彼らの心証をよくするために彼らを晩餐に呼ぶように提案するが,彼女は肩を怒らせて頭ごなしに反対する.以上の文脈から不満の意味が優勢となる.また例文に「放心して衝動的になり」とあるので肩の動作には激しい憤りが感じられる.さらに「私と一緒だと思わずに」とあることから肩の動作はことばを伴うにもかかわらず無視の意味は含まれてくる.

11.le retour au regard avec haussement d'epaules qu'elle avait eu au moment de ma proposition qu'elle donnat un diner(III,340)状況と肩の動作の意味は第10例を参照されたい.

12.les haussements d'epaules de connivence qu'elle me faisait et dont j'avais ete si touche(III,391)話者の思惑もあって急にバルベックを発つことになった話者とアルベルチーヌ.返事代りの肩の動作にはまず無視と横柄の意図が含まれる.またここではカンブルメール氏の質問のことばが場ちがいな法律用語をなしていることに注意せねばならない.広い文脈によればそのとき話者はこの「やぼくさい言いかた」とこの彼に「痛みを感じさせる」申出とに腹を立てており,その気もちを彼女が肩の怒らせによって代弁したことになるのだから.そこには不満と憤慨の意味が読みとれる.直前の文脈も別な意味で彼女の焦燥を示す描写で満ちている.

13.elle haussait presque les epaules et repondait a peine poliment(III,394-5)文脈に「アルベルチーヌはどんなにされても不満で」とあるように本例では不満の意味が濃厚になる.また彼女は「返事らしい返事をしない」とあることから無視と横柄の意味も読みとれる.

14.Nous avions beau[...]hausser les epaules,comme a une fable invraisemblable(II,359)料理女が主人夫妻をやりこめて有利な条件を手に入れたというフランソワーズの不愉快な話に対する話者とアルベルチーヌの反応が問題となつている.例文に「ありそうもない作り話」とあるように,ここでは軽蔑と無視の意味が優勢である.

15.au haussement d'epaules que fit Gilberte en otant ses affaires,je compris(I,582)舞台はスワン夫妻の家.友達の話者の来訪にもかかわらずダンスの稽古にでかけようとする娘のジルベルトそのとき彼女の母親は激しい口調でジルベルトと呼び返し無理に娘を家に残す.こうしてこの雨日の訪問を最後に彼女と疎遠になる話者.以上の状況からここでは不満と憤慨の意味が濃厚になる.また返事代りの肩の動作には無視と横柄の意味も読みとれる.

16.d'autres images desagreables,tirees du passe,par exemple Gilberte haussant les epaules quand sa mere lui demandait de rester avec moi.(I,626)状況と肩の動作の意味は第14例を参照されたい.

17.mon ennui que Gilberte eut hausse les epaules(I,626)状況と肩の動作の意味は第14例を参照されたい.

18.son pere avait hausse les epaules en disant: Tout cela ne signifie rien(I,491)スワンの娘に送った恋文らしきものを父親に見られたと思った話者が彼に書いた弁解の長い手紙が問題となっている.例文に「こんなものはすべて無意味だ」とあるように軽蔑の意味が優勢になる.

19.Swann haussa les epaules,comme si、j'avais profere une absurdite.(II,708)シヤルリュス男爵の放蕩の噂が本当かどうかをスワンにたずねる話者とそれを否定するスワン.「ばかげたことを口走ったかのように」とあるので軽い軽蔑と無視の意図が濃厚である.

20.Souriant,elle haussa legerement les epaules,comme pour dire <vous etes fou,vous voyez bien que ca me plait.>(I,233)馬車のなかでオデットの胸に差したカトレアをスワンが差し直す場面で,彼の洗練された口説きになされるがままの彼女.胸を愛撫しようとして,カトレアの花の匂いをそばで嗅いでもいいかと紳士的に何度も尋ねるスワンに対するオデットの反応が問題となっている.腫れものにでもさわるかのような彼のまだるっこい態度に対する軽い軽蔑とある種のじれったさが肩の動作に読みとれる.いずれにせよ,ここでは「ほほえみながら」とあるように肩の動作はほとんどマイナスの意味をもたないことに注意せねばならない.

21.elle[Odette] lui dit <Bien entendu>,en haussant les epaules avec impatience.(I,265)スワンとつきあう一方で新しくヴェルデュラン夫人のサロンに出入りするようになったフォルシュヴィル伯爵に心ひかれるオデット.伯爵が画家と帰ってしまった欝憤を帰りの馬車のなかでスワンにぶつける彼女.例文に「いらだたしそうに」とあるのでここでは不満と憤慨の意味が濃厚になる.

22.M.de Charlus[...]accueilli par des haussements d'epaules du musicien,accompagnes d'un clignement d'yeux a ses camarades.(II,1060-61)惚れた弱みからヴァイオリン奏者のシャルリ・モレルに優しくするシャルリュス男爵とつけあがる一方のモレル.彼は話者の大叔父アドルフが使っていた従僕の息子で,本来男爵に肩を怒らすことのできるような身分ではないことから,彼の態度は横柄の意図の存在を前提とする.またことば代りの肩の動作は友人たちへの目くばせを伴うので,強い軽蔑からくる無視の意図がここでは濃厚になる.さらに例文の直前の文脈に「シャルリは[男爵に対して]しばしばサロンの信者たちのみんながいる前でもあからさまに不機嫌な顔をしていた」とあることから不満と憤慨の意味も読みとれる.

23.Morel haussa les epaules.[...]Il[Charlus] ne fit qu'exciter la furieuse indignation du jeune homme.(II,1062)ふたりの愛を高めるためにモレルに改名をせまるシャルリュスとそれを拒むモレル.彼の名前はヴァイオリン奏者としてのネーム・ヴァリューに結びついていたから改名は不可能であった.ここでは後の文脈に「青年の激しい憤り」とあるので不満と憤慨の意味が濃厚である.

24.Os homini sublime dedit coelumque tueri,ajouta-t-il,bien que cela n'eut aucun rapport[...].M.de Charlus haussa les epaules(II,1073)ある秘密を守らせたい一心で生理的な嫌悪を覚えるコタールに優しく酒をすすめるシャルリュスと,それをホモの求愛と助違いしておびえるコタール.例文に「何の関係もないのに引用をくわえた」とあることから肩の動作にはラテン語に通じているシャルリュスの強い軽蔑からくる無視の意図が読みとれる.

25.Apres avoir hausse les epaules,et pour changer de conversation,le duc leur demanda(II,575)従兄が危篤との知らせを受けたゲルマント公爵は夜会に出たいため病気は軽いという勝手な診断をくだす.その容態は絶望的だと言う二人の貴婦人に対する公爵の反応.例文に「話題を変えるため」とあるので無視の意図が濃厚である. 26.Il[Robert]se contenta de hausser les epaules en reponse a ce qu'il croyait de ma part de la naivete.(II,693)シャルリュス氏の放蕩についての話者の質問に対する甥のロベールの答.例文に「彼が私の戯言と考えているものへの答として」とあることから軽い軽蔑と無視の意図が濃厚である.

27.Cottard[...]avait hausse les epaules quand sa femme lui avait timidement de mande(II,880)ヴェルデュラン家のサロンに出かけるためスモーキングを着ていた医師のコタールは腕を怪我した料理女に包帯をするよう頼む妻に悲鳴をあげる.直後の文脈に「夫をいらだたせないように」とあるので不満と憤慨の意味が優勢である.

28.haussant gaiement les epaules d'un air de dire: <Il est bien toujours le meme>, elle temperait ses larmes d'un sourire.(III,750)政府のコミュニケを使用人頭に読んでもらうフランソワーズ.よくわからないのに相槌を打つ彼女.文脈から虚勢と照れ隠しの意味が読みとれる.

29.Le sommelier,haussant les epaules,dit derriere sa main,parce qu'il crut cela de la politesse,une phrase desobligeante(II,988)ある晩,粋な身なりの従僕とホテルに夕食をとりにきた男色家のシャルリュス.彼から他の若いつばめを紹介してもらう相談をしていたときに,従僕とのやましい話が「そばを通った公証人の耳に入るのをおそれ」た彼は急いで別のことを話しているように見せかけようとする.「しかし急速な話題の変化を従僕に分らせるために彼はいちいち大きな声でしゃべり続けたので」かえって公証人よりも耳の鋭いホテルの使用人に素性がばれてしまう.以上の文脈でワイン係は「口を隠してぶしつけなことを言う」のだから軽蔑と皮肉が問題となる.

30.Elle haussa les epaules en souriant comme s'il avait voulu se moquer et se tourna vers l'historien.(II,202)ヴィルパリジ夫人のサロンで彼女を盛んにもちあげるルグランダン.「からかうつもりで言った」という話者の注釈から肩の動作とそれに伴う笑いには相手の軽薄さに対する軽蔑と忍従の意図が読みとれる.またことば代りの肩の動作には無視の意味も含まれてくる.

31.vous avez pu voir vous-meme par quel haussement d'epaules il a repondu aux eloges outres de M.de Balzac.(I,710)「おおげさな賞賛」という物言いからまず不満の意味が感じられる.またことば代りの肩の動作には無視の意味も含まれている.話者がヴィルパリジ夫人と馬車でバルベックを散歩する場面で,大作家に対する彼の安易な賞賛を軽薄だと説く夫人.こうして直前の文脈で彼女が言うには「あなたはほめているようだけどスタンダールの小説だっておなじです.もしあなたがそんな調子で作者に話しかけたら,とてもその人を驚かせたことでしよう.私の父の口癖ではベールは自分の本を得意がったりはしなかったそうです」.以上の状況からここでは人の言動が不思議で納得がゆかないときの「怪訝な顔」に相当する身ぶりが問題となる.なお先の例に軽蔑と忍従の意図が感じとれるとすれば,結果的にそれを説明することになる本例でもおなじことが言える点に注意されたい.

32.ses moeurs[...]dissimulees par les seuls renseignes,qui haussaient les epaules(II,902)シャルリュス氏の放蕩をよく知っている人たちが彼の品行を聞かれたときに見せる反応が問題となっている.例文に「隠蔽された」とあることから無視の意図が濃厚である.

33.les grands rideaux violets l'ecoutaient sans repondre,mais dans une attitude analogue a celle des gens qui haussent les epaules pour montrer que la vue d'un tiers les irrite.(I,666-7)舞台はバルベックのホテルの最上階にある話者の落着けない部屋.ふりこ時計のうるさいおしゃべりに悪意がある証拠として大きなカーテンの大きな態度を引合いにだす話者.例文に「第三者のいるのが目ざわり」とあることから不満と横柄の意味が濃厚になる.また「カーテンは黙っていた」とあるので無視の意味も含まれてくる.

以上をもってプルーストの諸例の吟味を終わる.これらの用例を見る限り問題の表現は何よりも対人関係における相手との隔たりの大きさを物語っているように思われる.しかもこうした断絶の強さには段階がある.まず返事代りの肩の動作とことばを伴うそれとでは事情が異なってくる.沈黙は金といわれるように無言はしばしばことばの羅列よりも効果的なものとなる.たとえばジルベルトやアルベルチーヌやモレルの例では愛される側の人間に特有の感情が返事代りの肩の動作によって端的に表現される.しかし皮肉の意図が強いと話者や叔母たちの例がそうであったように身ぶりそのものよりもことばの存在が重要になる.つまり本質的には肩の動作は皮肉の印ではない.またことば代りの肩の動作が笑いを伴う場合でも,第8例や第30例のようにマイナスの意味の注釈がつくものと,第5例や第20例のように注釈がつかないものとでは状況が一変する.注釈のつかない例では断絶は緩和されて,笑いの意味は照れ臭さとも軽蔑ともつかない微妙なものになる.さらに断絶の指標としての視線の移動にも注意せねばならない.たとえば第3例では話者の父親は祖母との議論の最中に話をやめて晴雨計をながめ,第30例ではヴィルパリジ夫人はそれまでの話し相手を直視することを避けて歴史家の方を向く.最後に多くの例がブルジョワか平民を動作主とするものであったことにも目を向ける必要がある.『失われた時を求めて』がなかば上流社交界の観察記録であってみれば,王侯貴族が人を見くだすために行なう肩の動作がもう少し出てきてもよさそうである.しかし『マルセル・プルーストを求めて』のなかでモロアも書いていたように,社交界で最高位に位置する王族や上流貴族の優越感情は彼らの屈折したスノビスムを通して他人に対する軽蔑ではなく好意の形で示されることが多い点を考慮すれば,この現象にもうなづけよう(5).反語によって示されるそのような階級差別的な断絶に比べれば,肩の動作が与える精神的な隔たりはいくら大きくても個人的な感情の域を出ないものだと言える.そのことから問題の動作はおなじ社会に属するか精神的に肩を並べる人たちの間でかわされる庶民的な身ぶりということになろうか

追記.本稿の原形である1984年度日本フランス語フランス文学会秋季大会での口頭発表後にその存在を知ったBrunetの『プルーストの語彙』は筆者が独自に行なったコンピュータを使わない従来の人間的な調査に8例の脱漏があることを教えてくれた(6).発表時には全25例であったhausser les epaulesの用例総数が33例であったことになる.しかし幸いにも結論には何の変更もなかったことを明記しておく.

(1)W.A.グロータース『誤訳』(柴田武氏訳)三省堂1979,p.16-7

(2)以上の記述は小学館の『ことわざ大辞典』による.「首をすくめる」については字面をみると肩の動作ではないように思われるが,首を縮める行為と肩を縮める行為とは結果的にはおなじものである.

(3)Tresor他の仏々辞典によればhausser les epaulesは標準形で,異形には次のものがある.lever les epaules,soulever les epaules,secouer les epaules,hocher les epaules(新語),hausser le dos(古語).

(4)M.Proust,A la recherche du temps perdu,Gallimard,Bibl.de la Pleiade,1954,3 vol.

(5)cf.A.Maurois,A la recherche de Marcel Proust,Hachette,1970,p.234

(6)cf.E.Brunet,Le Vocabulaire de Proust,Slatkine-Champion,1983,3 vol.