1953年(昭和28年)福岡県生れ。岐阜聖徳学園大学外国語学部教授名古屋では久野と書いてクノと呼ぶことも多いが、こちらはヒサノである。父方の祖父が名古屋出身であった。兵庫の自宅から170km離れた岐阜の本学まで、週に一度、車で通勤している。車好きで、国内は、東北と沖縄以外、ドライブを満喫している。特に北海道は2週間かけて家族とキャンピングを楽しんだ。かつては海釣りが好きだったが、結石をわずらってからは山歩きが多くなった。真夏は3,000m級の高山、晩秋や初春は1,000mまでの里山に登る。冬山は怖いので登らない。スキーも家族と離れて初心者コースを恐る恐る往復するだけである。B型・射手座・粘着質・高血圧・楽天家で、涙もろい性格である。

 最近はインド映画にはまっている。インド映画には喜怒哀楽がすべて詰まっていて、ハッピーエンドで終わることが多く、
3時間飽きさせないそのドラマチックな構成には目を見張るものがある。愛と友情、義理・人情と慈愛というその中心テーマは仏教精神にも通じるものがあり、見終わると自分の性格が少し優しくなる気がする。インドでは、ハリウッドならぬボリウッドと呼ばれて、年間800本の以上の映画がつくられているという。残念ながらそのほとんどは日本で上映されることがない。私が鑑賞できるのは日本語や英語・フランス語などの字幕がついているDVDソフトのインターネット・ショッピングを利用した購入を通してである。日本語吹き替えはほとんどない。日本語字幕のついたものも少ない。また日本語の字幕がついていても、ともすると翻訳家によらない単なる機械翻訳で、かえってちんぷんかんぷんになる。北インド映画では英語字幕も多いが、南インド映画では字幕なしも多い。筋はある程度画面からもみてとれるとはいえ、字幕なしでインド映画を観るのは大変である。インドは言語が多様である。一口にインド映画といっても、ヒンディー語・カンナダ語で語られるものから、タミル語・テルグ語で語られるものまでさまざまである。その意味ではインド映画を趣味にするという行為はきわめて知的な営みである。とにかく日本語の祖語のひとつにも考えられている南インドのタミル語や当地の古典舞踊バラタナティヤムを本気で勉強しようと思っている。それくらいインド映画は魅力的である。

 授業では「基礎ゼミ」「専門ゼミ」のほかに、「言語学入門」「対照言語学」「日本語と外国語」「英訳日本文学講読」「日本語と第二言語習得」「日本語の音声」「総合演習」などを担当している。それぞれの授業の詳細については本学のシラバスを参照されたい。もともとフランス語が専門で、1年近くの渡仏経験(パリ)もある。欧米の文化に興味をもっていたことから、言語・文体研究を経由して、西洋古典修辞学を勉強するようになった。ここ
10年来、日本語関連の多くの科目に携わるようになって、視野がかなり広がった。現在は日英仏語などのレトリックにおける対照分析の領域で研究を進めている。