『漱石レトリック辞典』


 は じ め に


 本書では、レトリックを次のように規定する。レトリックとは、それを学んだ小説家や、ユーモアを身上とするエッセイストなどの書きもののなかに、時折現れて、読者を小さく驚かせるような刺激的な言語表現をいい、そこに含まれる修辞的な技法の意味も併せ持つ換言すれば、それは、文語に見られる目立つ語句と目立たせる語句との対照である。出会ったときは唐突で奇妙な言回しだと思うが、すぐあとでその出現に多かれ少なかれ納得するような心理的な過程を伴う。最後に、それらは読者の印象に残る。比喩にしても、使い古された言語的な用法とは異なり、普通の人なら、気づかずに見のがしてしまうような、二者の関係に気づかせてくれる新しさを、それはもっている。故佐藤信夫氏は、これを、「発見的認識の造形」と呼んだ。西欧では、レトリックは、十九世紀末までは、中学・高校で教科学習の対象となっていた。現在でも、欧米の一部の学校ではレトリックの科目を置いている。その概念は元々日本にはないものであるが、西欧では古典修辞学は二千五百年の歴史と伝統に支えられている。

 ここで、レトリックのパタンについて、読者諸兄に手っ取り早く理解していただくために、筆者が以前、『プルースト全集(筑摩書房刊)の第八巻の月報に書いた「漱石からプルースト」という一文を再録しよう。

 漱石のウィットにくらべて、プルーストのエスプリはまだ日本の読者になじみがうすいのではないだろうか。『失われた時を求めて』には依然として難解な哲学書のイメージが貼りついているように思われる。そこで二人のユーモラスな文をつきあわせることによって、プルーストの楽しい読書の足がかりとしたい。『失われた時を求めて』からの引用は井上究一郎氏の流麗な邦訳による。漱石の例文については出典の指示をおこなう(ただしここでは読みやすさを考慮して新かな遣いに直した)。

 ことばのユーモアの中でみんなが安っぽいと思うのは洒落である。一口に洒落といっても、「顔よりことばのほうが達者」(『それから』)といった《兼用法》から、「日の短いうえ」に「気が短い」(『明暗』)のような《異義復用法》まで、さまざまだ。「耳も八丁、目も八丁」(『吾輩は猫である』)のような《模擬》(捩り)から、「勇ましいような、いたましいような」(『行人』)といった《類音重語法》まで含まれる。漱石もプルーストも洒落をばかにしていない。それを活かすも殺すも文脈次第だということをよく承知しているからである。こうして、プルーストの小説には洒落のひきたつ文脈づくりの妙がある。「ヴェルデュラン氏はといえば、そんなつまらないことに笑いだすのはわずらわしいと思って、パイプから一ふき吐きだすだけにとどめた。」「一ふき」が《両義法》(掛詞)になっている。「『さあ、オリヤーヌ、乗りなさい』と公爵がいった、彼自身、待っている馬たちの一頭になってしまったかのように。」「乗りなさい」が背中に乗りなさいと言っているようにもとれる。

 ユーモアは皮肉のかたちをとることが多い。「『おまえか、健康診断をしてもらうのは』と[医者は] 言った。この語勢には、馬に対しても、犬に対しても、ぜひ腹のなかでいうべきほどの敬意がこもっていた。」(『坑夫』)卑下と反発を同時に示す、《反語》がおもしろい。「父の話し方は、笑うだけ笑えば、あとには何も残らないような気がした。そのうえ、客は笑う術をどこかで練習してきたように、うまく笑った。」(『行人』)生の皮肉をすばやく珍味のユーモアに調理する腕において、プルーストは漱石におとらない。たとえば、なかなかチップをもらえない客の前で立ったまま動こうとしないドアボーイは「めずらしい種類の潅木にされ、カンブルメール氏の大きな鼻は《曲言法》(緩叙法)を通して間接的に揶揄される。「その鼻はみっともなくはなかった、むしろその大きさのために、りっぱすぎ、たくましすぎ、いばりすぎていた。」皮肉は遠回しで微妙なほど味わいがある。《逆説》のとぼけた味も捨てがたい。「三四郎は日記をつけだした。書くことも何もない。女がいなければ書くことがたくさんあるように思われた。すると女はへやを出ていった。三四郎はますます日記が書けなくなった。」(『三四郎』)プルーストも負けていない。「歴史家は安息感を味わっていた。というのは、不眠症のことを忘れていたからであった。しかしにわかに六日も眠っていないことを思いだした、すると重い疲労が両脚を襲い、肩ががっくりと落ちた。」

 二人とも遊びの精神は旺盛なので、レトリックの先行する用例には事欠かない。「土なべの底は、やがて勘定を払って、ついでに下女にからかって、二階を買いきったような大きな声を出して、そうして出ていった。」(『野分』)「土なべの底」は土なべの底のように赤い顔をした男を意味する《隠喩》である。庭師の娘は、「包囲陣からとびだすように出撃に移り、通の角に達した、そして百度も死線を越えたのちに、私たちのところへ、軍隊の報告を水差にはいったココ水とともにもたらした。」問題となっているのは戦闘ではなく、庭師の言いつけで飲水をもってくる途中に軍隊の行進の様子をうかがう娘のユーモラスな行動である。どたばた喜劇調だがコミカルな演出のうまさには舌を巻く。エスプリ的な攻撃性の感じられない冗談もある。漱石いわく、「人間にせよ、動物にせよ、おのれを知るのは生涯の大事である。」プルーストいわく、「コンブレーでは動物も人間も含めてみんなのことがよく知られていた。」動物の《擬人化》は罪のないユーモアの源泉である。

 《代換法》や《交錯配語法》といって、語句の配置をすこし変えるだけで文に彩をあたえる手段もある。「ヘンリーは哲学のような小説を書き、ウイリアムは小説のような哲学を書く。」(「思い出す事など」)言及されているのは、兄が高名な哲学者で、弟が有名な小説家の、ジェームズ兄弟である。プルーストの皮肉はもっと痛烈である。「政界では大財界人として財界では大政治家として通っている名士。」最後に数字の共通か類似を利用したプルーストの愉快な《対照法》と漱石による数字の《誇張法》の例を示そう。「三千フランのルビーを、これはほんのつまらないものですが、といってコタール医師に贈る代りに、ヴェルデュラン氏は、三百フランの模造宝石を買い、コタールには、こんなにみごとなのはそうざらにはないという意味をもらした。」また、「レオニー叔母がユーラリに千フラン札を四枚やるのを見たとも[フランソワーズは]いうのだが、五十フラン札一枚を四つに折ってやったというのでさえ私にはありえないことのような気がする。」平行性と対立性の共存がこの種のレトリックの成功の鍵である。漱石の次例では、数字の無意味な正確さがユーモアを生む。「吾輩はこの際限なき談話を中途で聞き棄てて、布団をすべり落ちて椽側から飛び下りた時、八万八千八百八十本の毛髪を一度にたてて身震いをした。」(『吾輩は猫である』)

 次に、レトリックのなかでも基本的な比喩である《直喩》と《隠喩》について、簡単に解説を加えてみよう。

 直喩は「〜のように」式の標識を備えた比喩で、その種の指標を欠くものが隠喩と呼ばれる。しかし、頬が「りんごのように赤い」といったり男が「馬車馬のように働く」といっただけでは、意味は相手にも理解できるが、表現が平凡すぎて、そこに注意をひきつけることはできない。へたをするとある種の小学生の作文のように幼いものになってしまう。このような直喩を強意的直喩と呼ぶ。用例が論文をわかりやすくするように、直喩は文章をわかりやすくする役割をたしかにもっている。しかし、ステレオ・タイプの表現をむやみに使うと子供の文章のようになってしまうので、注意が必要だ。隠喩は隠喩で、雷のことを「黄色いフォーク」といったとしても、なぜフォークなのかということを説明しない限り、相手には訳がわからない。隠喩は多用すると文を難解にする傾向があり、その意味で隠喩は日常の日本語文の構築のなかで大きな役割を負わされることはほとんどない。

 直喩の諸例

一「ふいにひんやりと、濡らしたハンカチのような影がおちた。雲が出たのだ」(安部公房)

二「女たちは、夕日のように遠ざかる美しさに向かって鏡をさしだすのであった」(プルースト)

三「ブルドーザーが巨大なバリカンのように、白樺の原生林を切り開いて行く」(五木寛之)

四「小高い丘の上の風車の帆が、ロバの耳のように静かに動くのであった」(スティーヴンソン)

 ここでは洋の東西を問わず、程度の差はあれ、二者の対比が見られる。一では、「ハンカチ」と「影」は似ていない。しかし、暑いときには、「濡らしたハンカチ」と日陰や木陰は同じようにひんやりとしたもののひとつなのである。二は、日に日に老いてゆく女性の美貌を沈む夕日に喩えたシニカルな比喩である。「夕日」の美しさと女性のそれとの間にはスケールの違いが横たわっていて、普通は二者を比較したりはしないものだが、ここでは夕日の沈みつつある点を考慮することによって二者に対等な関係を与えている。三では、「ブルドーザー」と「バリカン」の寸法はまるで違うが、そのことを除けば、両者はそっくりであり、遠くから見た原生林開発の風景は「バリカン」で頭を刈ってゆく姿に似ている。四でも、「風車の帆」と「ロバの耳」との大きさは異なるが、よく観察すると、ロバはときどき耳をクルリと回転させる。そのことを知っている読者にとって両者は似て感じられるというわけだ。

 直喩にあっては、普通は喩えるものと喩えられるものとの対比が問題となるが、時に、喩えるものと共通の属性辞との間で対比が形成されることもある。エリュアールには「大地はオレンジのように青い」という表現が見られるし、ロートレアモンには「〜のように美しい」という語句のなかで喩えるものとして必ずしも美的でないものを選ぶことによって対比を形成するといった傾向がある。三島由紀夫にも「結晶した悪は白い錠剤のように美しい」という表現がある。しかし、これらは日常の発話のなかに組み入れられると、唐突で、理解しにくいものとなる。妥当性が低いのである。それでも直喩は二者が標識でつながれるだけに比較的自由な組み合わせが可能となる。不在の隠喩でこのような対比がなされると、まったく不可解なものとなる。

 なお、中村明は『比喩表現の理論と分類』のなかで、三五七種の比喩標識を日本語の文学作品のなかから抽出することに成功している。きちんと比較してみたわけではないが、他の諸言語でこれほどの比喩標識を見分けることはないだろう。これを欧米ではコピュラ(繋辞)と呼んでいる。この繋辞の多彩さは日本語の直喩の特質をなしており、他の諸要素との韻律的な相性によって使い分けることができるということだ。しかし、コピュラ自体は他の要素と対比をなすことはない。先のロートレアモンの「〜のように美しい」は喩えられているものと喩えるものとの間の対比ではなく喩えるものと属性辞「美しい」との間のそれであることに注意されたい。

 隠喩には喩えられるものが喩えるものと同時に文中で明示されるものと、喩えるものだけが文中に示されて、喩えられるものは暗示にとどまるものと大きく分けて二種類ある。前者は「現前の隠喩」と呼ばれ、後者は「不在の隠喩」と呼ばれる。このうち比較的わかりやすいのは「現前の隠喩」のほうである。喩えられるものと喩えるものが隣り合わせかすぐ近くにあるからだ。

 現前の隠喩の諸例

五「善意というほのぼのとした電気毛布の上で、子犬よろしくじゃれ合ったりというような場面」(安部公房)

六「寒さのためにやたらに色を塗りたくられた兵士たちの顔」(プルースト)

七「自分ながら、この時は、相手の寒い顔が伝染しているに相違ない、と思った」(漱石)

八「人生って悲しいものね、指の下からどんどん溶けて流れてしまう(スティーヴンソン)

 五では、「善意」と「毛布」は、寒いときに体が暖まる「毛布」と事件の頻発するなかで心が暖まる「善意」という、共に暖かいものとしての共通性を軸にして対比が得られている。「という」という連結語句をコピュラとみなせば、本例は標識比喩、つまり、直喩の一種になろう。六では、顔に色を塗られたわけではなく、単に寒さで赤くなったことをいうのに、隠喩的に言い換えたものである寒さで肌の色が絵の具で塗ったように赤くなることがある。七では、インフルエンザがうつるように、また、梅干しを食べなくても、それを思っただけで顔がすっぱい表情になるように、寒そうな表情をしている人がいると、大気が冷たいなかでは、すぐに自分も「寒い顔」になることを隠喩的に示したものである。八では、「人生」がくずれてゆく早さを、握った手の隙間から砂がどんどんこぼれてゆくように、一種の液化現象としてとらえようとしたものである。

 これに対して、「不在の隠喩」は日本語では実用的でない。喩えられるものが示されないからである。だから、詩の世界でもない限り「不在の隠喩」はほとんど使われない。「不在の隠喩」に近いもので、中村明が「文脈比喩」と呼ぶものは、文脈の吟味を要求されるもので、中世の『バラ物語』のようなアレゴリーに近い。真のアレゴリーは作品全体に広がっているものなので、実用的ではないが、多少の文脈の把握で理解できるタイプの隠喩はうまく使えば効果的である。このようなものをレトリックでは諷喩と呼ぶ。

 文脈比喩の諸例

九「ビールの良いところはね、全部小便になって出ちまうことだね。ワン・アウト一塁  ダブル・プレー、何も残りゃしない」(村上春樹)

十「この名文句は、そのためにわざわざ招待した親密な人たちのあいだで、その翌日の昼食にはまだ冷製のままで食べられたし、その一週間は、ソースをいろいろに変えて食卓に顔をだす始末だった」(プルースト)

九では「ワン・アウト一塁ダブル・プレー」という野球の比喩は前の文脈を考え合わせることで納得がゆくが、ちょっとこの表現で立ち止まるという程度の対比が感じられる。

十では、「冷製のままで食べられた」り、「ソースを変えて食卓に顔をだ」したりしたのは、フォアグラでもキャビアでもなくて、「名文句」である。もし読者が「名文句」という主語に気づかなければ、まず食べ物が問題だと思ってしまう。そこが付け目なのである。

 このように、レトリックの観点からみると、直喩や隠喩は他の修辞法と同じように、対比を内に含むことが要求される。対比は目立つ要素とそれを目立たせる要素との結合から生じる。対比形式が含まれることによって、相手はその箇所に注意を促される。ある種の新聞広告やテレビのコマーシャルなどのように、ある程度刺激的な表現が望まれる。しかし、比喩は基本的には理解しにくいものを理解しやすくするための道具であるから、もちろん、相手がすぐに納得できるような表現が望ましい。この意外性と妥当性の共存こそが比喩成立の必要条件であると考えられる。

 また、これまで比喩化されなかった領域の表現や、比喩表現とそうでないものとの間で、かえって比喩表現のほうが自然で的確な場合も多い。それが佐藤信夫のいう「発見的認識の造形」である。的を射た比喩表現は通常の言語表現をしのぐということができる。普通の人が見逃してしまうような二者の関係に気づかせることによって、認識の可能性が広がることになる。このあたり、修辞に意識的な作家の例に学ぶべきである。

 レトリックについての詳細は、筆者が下手に語るよりも、講談社の学術文庫の中にも入っている、先の佐藤氏の『レトリック感覚』と『レトリック認識』の一読をお勧めする。日本語で書かれた用語辞典についても、今は、野内良三氏の『レトリック辞典』(国書刊行会)があるので、必要に応じて参照されたい。さて、先の佐藤氏は、『感覚』の序章で、『吾輩は猫である』や、「倫敦塔」や、『草枕』の有名な冒頭部を引用しながら、漱石について、「近代日本の数少ないレトリックの達人のひとり」(講談社、一九七八年、五頁)と述べている。『文学論』や『文学評論』を読めばわかるように、漱石は確かに欧米の古典修辞学を学んでいる。たとえば、『文学論』の「不対法」という項目では、漱石は、真面目な文脈のなかにふざけた調子を持ち込むなど、文中にレベルの異なる表現を挿むことによって、読者の意表を突くことを考えていたことがわかる。これは先にも述べたように、レトリックの基本的な精神である。本書は、そんな漱石のレトリックの総覧をめざしている。文体的にはデビュー作の『猫』と最晩年の『明暗』とではかなり異なる。レトリックの面から見ても、初期のユーモア小説は、修辞法の習作のようにも見える。後期の作品群では調子が落ちついていて、レトリックは影を潜めている。しかし、数は少なくなるが、あれば、より洗練された表現になることが多い。