BallyからRiffaterreにいたる文体論の動向

とくにP.Guiraudの分類を中心として


はじめに


Michael Riffaterreの学術論文「文体分析のための指標」は,1959年,『ワード』誌の第15号に掲載された.爾来,彼の文体理論は,Bally,Spitzer以後の文体論の流れに新しい方向性を示すものとして絶えず引合いにだされている.

たとえば,P.Guiraudは,幾分語調を強めながら,彼の理論を次のように位置づける.

“La theorie,outre sa rigueur et sa coherence,constitue une critique des principales stylistiques que nous avons essaye de definir. En fait,l'oeuvre de Riffaterre est une polemique qui recuse la stylistique descriptive de Bally,la stylistique genetique de Spitzer et jusqu'a la methode de Jakobson.(1)”

では体,彼の理論は,どのようにして,既成の様々な文体論に対する批判をつくりあげているのか.また何故,それは,現在において,ひとつの論戦の形をとるほどに問題視されるのか.その最も直接的なアプローチでは,つまり彼の方法に細かく言及してゆくやり方では,いくつかの紹介論文(2)が,これらの疑問に答えているように思われる.そこで本稿では,理論の内容にはほとんど触れずに,現代の文体論がひとつの極としてRiffaterreに到達した必然性を,ただ過去の文体論の主流に求めてみることにしよう.おそらくは,そうすることによって,われわれは,もっとわかりやすい形で,先の疑問に答えることになるだろう.

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Βallyの分類

周知のように,文体論は,あのSaussureの高弟であったCharles Ballyによって,20世紀のはじめに,言語学の分野として初登場した.言葉自体はドイツで18世紀,フランスでも19世紀からあったが,Bally以前には,科学的学問としての文体論はなかったのである.

もともと,ドイツ語を母国語とする学生に,フランス語の微妙なニュアンスを理解させるというまったく実践的な必要から生まれたものであったが,確かに,彼の文体論は,その狭く厳密な定義づけによって科学に達している.

「禁止の博士」と呼ばれたMalherbeのように,Ballyは,文体論が内包する種々の可能性をことごとく排斥することで,文体論の概念を限定しようとしたのである.『フランス語文体論概説』のなかで,彼は,次の三つの可能な文体論を彼の文体論の概念からはずしている.

1.言語活動般の機構のなかに表現手段を探求しようとする文体論.

2.特定の一言語のなかに表現手段を探求しようとする文体論.

3.独立した一個人の表現体系のなかに表現手段を探求しようとする文体論(3).

このうち,1.については,「これはありとあらゆる言語に共通のものであるが,その範囲が広大だという点で,おそらく荒唐無稽な仕事ということになろう(4).」したがって,Ballyがこの種の文体論の可能性を斥けたのは正当であるように思われる.それに,今日まで1.のタイプの試みのなされていないことが,その無効性をよく物語っているにちがいない.

しかし,2.と3.については,彼がこれらの文体論を切捨てたのは,あきらかに行過ぎであった.

もっとも,『フランス語文体論概説』とあるように,彼の研究は,広義には2.の部類に入る.ただ,2.の文体論は更に話し言葉の文体論と書き言葉の文体論とに下位区分され得るが,Ballyは,後者を,いたる所で作家の意図が介入する不完全な研究領域だとして斥けているのである.

“Quant a la langue parlee,dans le sens restreint du mot,c.a d.la langue de la conversation ou expression familiere,il faut se garder d'y voir un mode d'expression ideal,une langue deduite par abstraction des tendances generales du langage;c'est au contraire une realisation concrete de ces tendances,c'est la

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seule langue reelle et vivante qui existe.(5)”

こうして,彼は,話し言葉だけを彼の文体論の唯の対象とするのだが,本当に,書き言葉は話し言葉ほど表現的ではないのだろうか.書き言葉は,このような精神で,つまりBallyが話し言葉に向かうのと同じ姿勢では研究され得ないものなのだろうか.

そこから,J.Marouzeauの『フランス語文体論概要』やM.Cressotの『文体とその技法』(6)が生まれている.このBallyの後継者たちは,彼の文体論の概念の狭すぎる枠を広げるために,彼が話し言葉の領域で果たした役割を,そのまま書き言葉の領域で果たそうとしたのである.

結局,Ballyとその後継者たちの研究を括してはじめて,特定の言語のなかに表現手段を探求しようとする2.の文体論の試み,つまりここでは「フランス語文体論」が完成されるように思われる.

3.のタイプについても,彼が,独立した個人の表現体系のなかに表現手段を探求しようとする文体論を否定したのは少しも当を得ていない.確かに,個人の文体論,個人の言語というものがあり得るかということは,依然として問題のまま残されている.しかし,現代言語学にこれらの語を好んで受入れる傾向があること,後述のようにBarthesやSpitzerの理論がここから出発していることを考えると,結果的とはいえ,われわれは,この種の探求の重要性を認めざるを得ない.

ここで注意すべきは,このいわゆる「個人文体論」を単なる作家の個人的文体の研究と混同してはならないということである.

“On a dit que <le style, c'est l'homme>,et cette verite,que nous ne contestons pas,pourrait faire croire qu'en etudiant le style de Balzac par exemple,on etudie la stylistique individuelle de Balzac:ce serait une grossiere erreur.Il y a un fosse intranchissable entre l'emploi du langage par un individu dans les circonstances generales et communes imposees a tout un groupe linguistique,et l'emploi qu'en fait un poete,un romancier,un orateur.(7)

端的に言えば,個人文体論はラングのレベルで考察されるのに対して,詩人や小説家の文体は,弁士の演説と同じく,パロールのレベルで最後まで処理されるものである.

Ballyは,このように,文体論と文体批評とを峻別したうえで,後者を問題外のものとして容赦なく切捨てようとする.というのも,やはり,「文士は言語を意志的に意識的に使う」からであり,「文士は言語を美学的な意図で使う」(8)からである.それ

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に、文体は、その意図的な性格によって、彼の対象とする話し言葉とは正反対の位置にあるが、この領域では,学問的な体系化はほとんど望めない.

“Ceux qui abordent ces etudes commencent d'ordinaire par enqueter,dans des monographies,sur le style de tel ou tel ecrivain. C'est parfois l'occasion pour l'auteur de faire preuve de gout et d'ingeniosite;mais le profit pour la science est mediocre,car a propos de chaque ecrivain toutes les questions se posent,sans qu'aucune puisse etre examinee a fond et le travail est sans cesse a recommencer.(9)”

さて,これまでわれわれは,Βally自身の分類による,彼にとってはいずれも不確実な領域でしかない三つの文体論の可能性を現在の眼で見てきた.

果たして,このBallyのもはや古典的な分類にしたがえば,Riffaterreの文体理論は,どのカテゴリーに入れることができようか.それは,恐らくは,辛うじて三番目の文体論に組入れることができる.しかし,この未分化な分類では,Riffaterreの理論ばかりか,SpitzerやBarthesのものまでも同時にこのカテゴリーに属してしまうので,彼らの方法上の相違点が少しも明確にならない.そこで今度は,もっと分化された分類法を吟味する必要が生じてくる.問題は,すでにBallyが峻別したような文体論と文体批評との対立のなかにはないのだ.

P.Guiraudの分類

P.Guiraudは,初め,表現の文体論(記述的文体論),個人の文体論(発生的文体論)(10)というそれぞれBally,Spitzerに代表されるような二種類の文体論を規定していたにすぎなかったが,その後の文体理論の複雑多様化にともない,次のように規定しなおしている.

“On a donc quatre stylistiques:

A)-La stylistique textuelle ou critique stylistique ou explication des textes en vue d'en relever,decrire ou interpreter les effets de style dans leur contexte particulier. Ce qui constitue une stylistique de la parole.

B)-Une stylistique de la langue qui a pour objet de classer les effets de style d'apres les categories qui les engendrent.

Stylistique qui est triple:

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B1)-Une stylistique descriptive(en langue)qui est un inventaire des valeurs stylistiques de la langue(commune)et,par consequent des moyens que celle-ci offre au choix de l'ecrivain,en vue d'effets particuliers dans le texte.

B2)-Une stylistique fonctionnelle qui est l'etude des valeurs stylistiques en fonction des besoins specifiques de la communication;c'est-a-dire,au sens le plus large,du genre.

B3)-Une stylistique genetique qui est l'etude des moyens stylistiques propres a un ecrivain ou un groupe d'ecrivains,dans la mesure ou le choix qu'il fait de certains d'entre eux est determine par saculture,sa vision du monde,son temperament,etc...(11)”

ここでは,はっきりとパロールとラングの概念によって,文体論は大別されている.特徴的なのは,Ballyの規定では文体論の地位さえ与えられていなかった文体批評に文体論の名称が与えられているということである.これは,現代言語学が近年ますますパロールの諸事実を大事にするようになってきていることの,ひとつの発現であろう.

ただ,文体論をパロールとラングの概念ではっきり分けてしまうと,ひとつの不都合が生じる.というのも,現実にはパロール中心の文体論かラング中心の文体論しかないからである.

たとえば,ラングのなかでも最も自発的な話し言葉の文体論を目ざそうとしたΒallyの研究でさえも,完全にラングの研究と言ってしまうことには何らかの不正確がつきまとう.

「ひとはよくバイイの文体論をパロールの研究と言うべき個人の文体論に対立するものとして,ラングの研究であるとみなす.しかし,個人の言語,つまりソシュールの定義による痕跡の総和たる,ウ.ユゴーの言語とか『諸世紀の伝説』の言語とかいうものが存在する以上,そのような見かたは不正確だ(12).」

試みに,このA)〜B3)の分類に,既成の文体論をあてはめてみよう.

まず,A)のパロールの文体論には,Riffaterreの理論を組入れてみることができる.彼の理論は,まさしく,「特殊な文脈のなかで,文体の諸効果をテキストから引出し,記述し,解釈することを目ざしたテキスト本位の文体論」だからである.

しかし,それは手段から分類してそう言えるだけで,目的や結果から判断すると,彼の理論は,他の構造主義系文体論者の理論と同じく,「文体の諸効果を,それを生

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む様々な部類に従って、分類することを目的とするラングの文体論」に属することになる.先程,筆者が,Riffaterreの理論はBallyの規定では辛うじて個人文体論に入れることができる,と言ったのはこの意味においてである.

そんなわけで,本当は,Riffaterreの研究をA)の部類に組入れるべきか否かには疑問が残る.

この分類が示されている『文体試論』には,すでにRiffaterreの理論についての言及は見られるのだから,もしGuiraudが彼の理論をよく考慮した上で規定を行なっているのならば,そしてもし,彼自身,それをA)の部類に組入れようとして分類しているのであれば,この規定は不充分であるにちがいない.

多分そうではなくて,Guiraudは,この著作では,まだ評価の固まっていなかったRiffaterreの理論についての規定を留保したのだろう,と考えられる.

B1)には,もちろん,Ballyの文体論があてはまる.これは,Guiraudの最初の分類では,好んで「表現の文体論」と呼ばれていた.

恐らく,この名称は,Ballyの業績に対する敬意からGuiraudによってつけられたのであろう.というのは,文体的価値には,「表現的価値」と「印象的価値」の二種類があるが,この文体論は,これらの二つの価値を追求するものであるにもかかわらず,「表現の文体論」<la stylistique expressive>の形容詞<expressive>は,Ballyの追求した表現的価値<la valeur expressive>だけがその研究対象であるかのように思わせるからである.

実際は,この文体論のなかには,印象的価値を追求した先のMarouzeauやCressotの著作も含まれるわけである.

そこで,現在のGuiraudの分類では,この点を考慮して,もっぱら,「記述的文体論」という言い方が使われている.この場合,記述的とは,記述第主義的という意味である.つまり,この種の文体論は,それ自体として考えられたラングの諸事実の外へは出ていかないところにその特色があるが,それが記述的だとGuiraudは言っているのだ.

最後に,B2),B3)には,それぞれR.BarthesとL.Spitzerの文体理論があてはまる.先述のように,これらは,Ballyによる分類では,両方とも個人文体論のなかに組入れざるを得なかった.

その点,このB2),B3)の規定は,Barthesの理論とSpitzerの理論との微妙な違いをうまくとらえている.つまり,「広義におけるジャンルの研究たる」ことによ

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って,Barthesの研究は,「作家かあるいは群の作家たちに特有な若干数の文体的手段の間で行なわれる選択」を問題とするSpitzerの研究よりも,ややラング寄りであることがわかるのである.

実際,彼のB1)〜Β3)の規定は,番号が若いほど,その文体論がラング寄りのものであることを示している.

それによれば,ラングの文体論のもっとも確実な領域は,やはり,Ballyとその後継者たちとが選択したようなB1)の記述的文体論であり,次に,Βarthesの採用したB2)の機能的文体論がくる.そして最後に,ラングの文体論のもっとも曖昧な領域を,Spitzerの研究に代表されるようなB3)の発生的文体論が占めることになる.

したがって,B1)及びΒ2)には問題がないとしても,B3)において,Spitzerの研究を完全にラングの文体論のなかに組入れてしまうことには,依然として問題がつきまとう.

事実,彼の文体研究をラングの文体論の部類に組入れているこのGuiraudの分類に対して,これを本質的にパロールの文体論だとみなす意見がある.

Leo Spitzerの主著,『文体の研究』Stilstudienを仏訳刊行したJean Starobinskiは,その紹介論文,「レオ・シュピッツァと文体的読書」のなかで,Spitzerの方法をBallyの方法と対立させることによって,次のように言う.

“Mais tandis que Bally etudiait la vie du langage dans les <faits de langue>,c'est-a-dire dans les enonces que les collectivites inventent anonymement en reponse a des situations vecues,Spitzer en revanche voulait aller jusqu'a l'etude des <faits de parole>,jusqu'a l'examen de la deflexion,du style particulier par le moyen desquels se singularise la personnalite des ecrivains.(14)”

ここでは,彼らの方法は,その目的ではなく真に手段の面で比較対照されている.それによって,これらは,「パロールの文体論」と「ラングの文体論」との両極を形づくっているのだ.

この後すぐに,Starobinskiは,自分の意見をSpitzer自身の用語と照らし合わせながら,このように説明する.

“Sans jamais cesser d'enqueter parallelement dans le champ des expressions communes(<faits de langue> selon Saussure,Sprachstile selon Spitzer),il(Spitzer)fera porter l'essentiel de sa recherche sur les <systemes expressifs> qui les createurs ont introduits dans leur langue individuelle(<faits de parole> selon

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Saussure;Stilsprachen,comme le fait entendre Spitzer dans un renversement des elements du mot compose allemand;nous devrions trouver un equivalent francais de cette opposition:a titre de pis-aller,Stilsprachen deviendrait <le langage du particulier>,et Sprachstile, <particularites de langage>).(15)”

このように,Spitzer自身の用語を使った場合,Ballyの結果的な文体論とSpitzerの原因的な文体論との対立関係は,いっそう明確になるだろう.前者は「言語活動の特殊性」を研究するものであるが,後者は,あくまでも「特殊な対象の言語活動」を追求するものなのである.

ところで,この「特殊な対象の言語活動」,換言すれば,個人的なレベルでのラングという概念は,文体論的にはどの程度認められるのであろうか.先のGuiraudの分類でも,このStarobinskiの見解でも,残念ながらその点が明示されていないように思われる.

Spitzerの文体研究をどのように規定し,どのように位置づけるかという問題は,重要である.それが,構造主義系言語学者たちの論争の的となっている,こうした個人的ラングの解釈というやっかいな問題を含んでいるからに他ならない.われわれのRiffaterreやBarthesなどの文体論は,みなSpitzerの理論から出発しているのである.

今や,この問題を解決するために,もうすこし,Spitzerの方法に拘泥する必要がある.

Spitzerの方法

Guiraudは,Spitzerの文体研究を「発生的文体論」と呼んだ.だが,そもそも発生的とはどういう意味か.何が発生的なのか.この名称は,Ballyの理論が言語体系の内部構造とその機能を研究しようとする結果の文体論であるのに対して,Spitzerの理論がそれらの原因を究明しようとする原因の文体論であることに基づいているように思われる.もっとわかりやすく言えば,Spitzerの研究が発生的だと呼ばれるのは,彼が,みずから「精神的エティモン」(16)と呼ぶ,同じ時代の同じ民族の作品のすべてに共通する分母を,パロールの諸事実の探求から最終的に引出そうとするからである.この場合,エティモンは,Barthesのいわゆる「エクリチュール」の概念に近接するにちがいない.したがって,この時点では,Barthesの理論と同じく,Spitzerの

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理論をラングの文体論の部類に組入れることに容易にうなずける.

しかし,彼の精神的エティモンの概念には幾つかの段階があって,この語は,必ずしも,最終的に引出されたものだけを指すわけではない.Spitzerにあっては,ひとつの時代のエティモンと同等に,社会のエティモンや個人のエティモンが置かれており,それらのエティモンのひとつひとつが,表現的価値をもっているのである.

“Pour Spitzer,le styte,c'est a dire la facon particuliere d'utiliser le langage,est l'expression d'un individu ou d'une societe,ou d'une epoque,car il y a des styles individuels et des styles collectifs.(17)”

ただ,問題は,個人のエティモンという考え方にある.Spitzerの理論によれば,「作品はすべてひとつの全体であり,その中心には,作品の内的な凝集の原理である創作者の精神が存在する.著作者の精神は,すべてのものをその軌道内に引き寄せるいわば太陽系のようなものである.そして,ことば,筋などはこの本質体すなわち著作者の精神をめぐる衛星にほかならない.(18)」この内的な凝集の原理こそが,個人の精神的エティモンと呼ばれるものである.

だが,果たして,これは表現的価値をもっているのであろうか.これは,結局,Βallyが文体論にも属さないものとして真っ先に斥けた作家の個人的文体の研究にすぎないのではないか.

それでも,Spitzerが文学作品から作家の精神的エティモンを引出すときの方法は,他のエティモン抽出のどんなものよりも,慎重で客観的であるように思われる.

たとえば,彼が,Ch.-L.Philippeの小説,『モンパルナスのビュビュ』から作者の精神的エティモンを引出すのは,このようにしてである(19).

フランスの現代小説を読むとき,Spitzerはまず,言語の規範どおりに使われていないような思いがけない表現にアンダーラインを引く.そして,このやり方でそのまま分析的読みを重ねる.すると,そのうち,その作品の鍵となるような文体的事実を検出することができるようになる.これが,「文献学的円環法」と呼ばれる方法である.

“La methode de L.Spitzer est celle du cercle philologique;l'analyste lit,relit,relit encore l'oeuvre,s'en impregne et,soudain,comme une consequence necessaire de ce procede de saturation,se produit un declic dans son esprit:une unite linguistique s'impose a lui comme specifique de l'etymon de l'ecrivain.(20)”

『モンパルナスのビュビュ』の場合には,どうも,理由・原因を表わす接続詞・句

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の使われ方に鍵がありそうだということになる.そこで,この小説のなかで使われているこの種の接続詞・句すぺての細かい吟味がはじまる.

“Dans le roman de Charles-Louis Philippe Bubu de Montparnasse..,j'avais remarque un usage singulier de <a cause de> qui sentait le langage parle,non litteraire:<Les reveils de midi sont lourds et poisseux... On eprouve un sentiment de decheance a cause des reveils d'autrefois.> Des ecrivains plus academiques auraient dit <en se rappelant les reveils d'autrefois...>,<au souvenir des reveils...> Cet a cause de,qui au premier regard est prosaique et quotidien,degage cependant un parfum poetique en suggerant une causalite inattendue,la ou n'importe qui verrait seulement une coincidence;apres tout,ce n'est pas une opinion unanime qu'au sortir du sommeil de midi on eprouve un sentiment de frustration <a cause de> reveils anterieurs et semblables. Nous avons la une realite supposee,une realite poetique,mais traduite par une expression prosaique.”(p.54)

つまり,Spitzerはここで,現実には何の因果関係も見られないし,何の動機づけもできないような箇所に,理由を表わす接続詞句<a cause deが使われていることに注目しているのだ.彼は,この後,何例か同じような形で<a cause de>が使われている文例を引用しているが,このような使われ方は,何も<a cause de>だけに限らない.<parce que>がそうであり,<car>がそうである.更には,そうした因果関係が接続詞・句の省略によって暗示の形にとどまっている場合もある.

とりわけ<parce que>の場合は,Spitzerがひとつの仮説を準備するのに欠くべからざる好例をなしている.

“Cette observation se renforce si nous comparons l'usage que le meme roman fait des conjonctions causales,comme parce que;ainsi a propos d'un souteneur et de son amour pour Berthe,sa maitresse:<il aimait cela qui la distinguait de toutes les femmes qu'il avait connues parce que c'etait plus doux,parce que c'etait plus fin,et parce que c'etait sa femme a lui,qu'il avait eue vierge. Ιl l'aimait parce qu'elle etait honnete,et qu'elle en avait l'air,et pour toutes les raisons qu'ont les bourgeois d'aimer leur femme.> Ici les raisons pour lesquelles Maurice aimait embrasser son amante(parce que c'etait doux fin,parce que c'etait sa

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femme a lui) sont explitement classes ou critiquees par l'ecrivains comme appartenant a l'ordre bourgeois;et cependant Ch.-L.Philippe se sert de ce parce que comme s'il accordait a ces raisons une validite objective.”(p.55)

上例では,Bertheは娼婦で主人公のMauriceは彼女のひもにすぎないのだから,「処女のままめとった自分の妻だから」とか「彼女は貞淑だったから」とかいった理由づけは,いよいよもっておかしいのである.

Spitzerは,こうした,作者や読者には決して妥当だとは思えないような,主人公が勝手に思いこんでいるだけの真実性をもたない理由づけを「似非客観的な動機づけ」と呼んだ.これこそ,細部の吟味から引出されたCh.-L.Philippeの文体の第一特色だというわけである.

しかしながら,これは,あくまでもひとつの仮説にすぎないので,今度は,作者の心の奥にあるものを通して,この仮説を検証しなければならない.

“Il nous faut passer maintenant du style de Philippe a son etymologie psychologique,a sa racine mentale.Le phenomene en question,je l'ai appele <motivation pseudo-objective>:quand il presente un rapport de causalite qui a valeur pour ses personnages,Philippe semble lui reconnaitre une force de contrainte objective dans leurs raisonnements qui sont parfois maladroits,parfois plats,parfois semi-poetiques;il manifeste,sur le mode humoristique,une sympathie resignee,a moitie critique,a moitie comprehensive,pour les erreurs necessaires,les efforts gauches deces individus interlopes qu'ecrasent des forces,sociales inexorables. ...les critiques l'ont deja remarque:il voit sans revolte,mais avec un profond chagrin et dans un esprit chretien de contemplation,ce monde qui fonctionne de travers sous une apparence de rigueur et de logique objective.”(p.56)

結局,この「厳正さと客観的論理の外観の下でゆがんで機能している社会」に対する激しい憤りとたえしのばれた不満こそが,Spitzerによれば,作者Ch.-L.Philippeの精神的エティモンなのである.

このように,Spitzerの個人的エティモンの引出し方は,彼の文学作品に対する異常なまでの熱意と慎重さのおかげで,一見したところ,単なる文体批評を通りこして,)完全にラングの文体論の領域まで達しているように思われる.

だが実は,D.Delasが言っているように,この方法においては「すべてが危険」

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“Ce n'est pas la partie la moins perilleuse de l'entreprise puisque l'analyste court le risque,obsede par necessite de retrouver le trait qu'il a pose comme fondamental,de negliger d'autres faits qui n'iraient pas dans le sens souhaite. Au vrai la seule garantie que nous ayons de l'authenticite du <click> etant dans l'honnetete et l'intelligence du critique,tout est perilleux dans cette methode dont les resultats interessants tiennent a la personnalite de L.Spitzer,a son immense savolr.(21)”

したがって,このように考えると,パロールの諸事実から一作家の精神的なエティモンを引出そうとするSpitzerの理論は,単なる個人的文体の研究にとどまらざるを得ない.

以上,Spitzerの方法を概観してきたが,結論的に両面性をもっている彼の文体理論を,「ラングの文体論」か「パロールの文体論」のいずれかに組入れることの不都合は,これで明らかになった.

それでは,彼の理論を一言で規定するなら,一体どのように言うことができようか.この点について,筆者は,「イディオレクト」の概念を利用すべきだと考える.

イディオレクトは,一般には「話し手個人の言語行動の記述」(22)の意味に解されており,Ballyのいわゆる「個人文体論」の概念と同系列に属しているが,後述のように,この語は,個人文体論の概念よりも広い領域をカバーすることができる.この点で,彼の理論をイディオレクトの概念によって規定することが最も適切であるように思われたのである.

イディオレクト

R.Barthesによれば,「ヤコブソンは,この[イディオレクトという]考え方に利点があるかどうかに疑義をはさんでいる.すなわち,ことばというものは,たとえ個人のレベルでも,つねに社会化されていて,他人に話しをするときには,多かれ少なかれ,特に語彙の点では,相手のことばをしゃべろうとする(『私有財産なるものは,ことばの領域では存在しない』)ものだから.(23)」

確かに,このような事実によって,イディオレクトの概念の適用は,われわれにとって不都合なものとなることができる.何故なら,この原則こそ,まさに,個人的な文体特性から社会や時代の共通分母を引出してきたSpitzerの根底にある確信だから

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である.

しかし,Barthesは,この後すぐに,この概念の適用に際しての利点を列挙することによって,疑問に答えている.

「それにもかかわらず,イディオレクトの考え方を使うと,次のような事実を示す場合に便利であることを忘れないようにしよう.すなわち,1.他人の言うことが理解できない,自分自身の言語モデルにピッタリはまったメッセージを受取ることができない失語症患者のことば.これは純粋なイディオレクトと言えよう.(ヤコブソン).2.作家の文体の場合.もっとも文体には伝統からもちこされた,つまり集団に属する言語モデルが滲みこんでいるものではあるが.3.最後に,思いきって考えを広げて,ある言語集団,つまり,すべての言語的陳述を同じ方法で解釈する人間の集まりにおける言語活動として,イディオレクトを定義することができる.この場合には,著者が他の場所でエクリチュールという題目の下に述べようとしたものにほぼ一致することになろう.(24)」

もちろん,ここでは,「文体」と「エクリチュール」の概念を合わせもつようなイディオレクトの概念が問題となる.というのも,先に見られたように,Spitzerの理論には,一作家の精神的エティモン抽出の場合のように「文体」のレベルにとどまっているものと,一時代の,又は一社会のエティモン抽出の場合のように,ほとんど「エクリチュール」の領域に入ってくるものとがあるからに他ならない.

なお,たとえSpitzerの文体理論がイディオレクトの概念を使って規定されるとしても,それは,仮の,便宜上のものでしかない.この概念自体が,いまだ充分に定着していないからである.パロールとラングとのあいだの流動的な中間形態を位置づける,他の融通性に富む用語が見出されていない現在,Barthesのように,イディオレクトにエクリチュールの意義を帯びさせるような飛躍も,やむを得ないと言えよう.

いずれにしても,「イディオレクトの概念が手さぐりで模索を続けているのは,大体において,パロールとラングの間に何らかの仲介物を設定する必要があることを反映しているに他ならない.(すでにイェルムスレウのusage論がそうであったように).あるいは,すでに制度化されているが,ラングのように根本から形式化できるには到っていないパロールを認める必要と言ってもよい.」

パロールの文体論

問題は,かなり煮つまってきたように思われる.

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まず,Ballyが,自分の規定した数ある文体論ないしは文体批評のあいだで,もっとも自発的な話し言葉の文体論,つまり,もっともラング寄りの文体論を追求したのは,それが学問的な体系化の一番容易な対象であったからだと考えられる.彼は,そのために,それ以外のすべての可能性,とりわけ意志的な個人の文体批評を斥けた.

しかし,独自の研究から,パロールのもつ社会的な性格に気づいたSpitzerは,一作家の個人的文体から,彼のいわゆる精神的エティモンを引出すことによって,Ballyの文体論の狭い概念の枠を広げることになった.

このSpitzerの貢献によって,ラングの文体論は大きく発展し,パロールのそれ自体の学問的価値も高められたにちがいないが,それでも,彼はパロールの文体論の組織化にはいたらなかった.そもそも,パロールの文体論は可能なのか.そこから,Riffaterreの理論に代表されるようなメッセージの構造の研究が始まるのである.

もはやラングとパロールの概念による大別のなされていないGuiraudの最終的な分類(26)は,最もラング寄りの記述的文体論から始まって,このメッセージの構造の研究で終わっている.その分類は,以下の通りである.

a).記述的文体論.これには,Ch.Βallyの『フランス語文体論概説』の他に,M.Cressotの『文体とその技法』,J.Marouzeauの『フランス語文体論概要』などが挙げられる.

b).機能的文体論.これには,R.Barthesの『零度のエクリチュール』,E.Curtiusの『ヨーロッパ文学とラテン中世』,R.Jakobsonの『一般言語学』などが挙げられる.

c).発生的文体論.これには,L.Spitzerの『文体研究』を初めとする種々の著作が含まれる.

d).数量的文体論.これは,統計学の理論を文体論に応用したものであり,これには,P.Guiraudのこの種の著作が含まれる.

e).メッセージの構造の研究.この種の研究は,始められて日が浅いので,まだ体系化には到っていない.これには,M.Riffaterreの若干の小論文などが挙げられる.

この分類において,e).だけに文体論の名称が与えられていないのは,やはり,それが未開拓の分野だからであろう.

それでも,Ballyのラングの文体論から,Spitzerのイディオレクトの文体論を経てこのようなパロールの文体論への模索にいたるまでの道は,文体論の発展におけるひ

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とつの必然性を確かに示している.それが,Barthesの言うように,「すでに制度化されているが,ラングのように根本から形式化できるには到っていないパロールを認める必要」であることは言うまでもない.

こうして今度は,メッセージの構造研究の主流であるRiffaterreは,パロールの文体論を目ざすために,既成の様々なラングの文体論の概念を切捨てようとする.彼の理論が,「Ballyの記述的文体論や,Spitzerの発生的文体論や,Jakobsonの方法までも認容しないひとつの論戦」をかたちづくっていることは,既に引用した通りである.

では,どこに新機軸を見つけているのかと言うと,それは,これまでの大半の文体論にみられた,文体を言語の規範からの偏差(27)だとする基本的な考え方を捨てて,新たに,文体を文脈との関係においてとらえようとしている点であろう.Riffaterreは言っている.

“La definition du style litteraire comme ecart a partir de la norme linguistique souleve des difficultes d'application quand il s'agit de faire de l'analyse de style. ...j'ai propose en consequence de remplacer la notion de norme generale par celle de contexte stylistique,et d'etudier les procedes stylistiques par rapport a ce contexte.(28)”

ただし,この一般的な規範の概念の排斥は,あくまでも,基準をテキスト内部に置くための便宜的な手段であって,究極的には,パロールの諸事実の研究は,ラングの力を無視しては成立しない.

“C'est par une connaissance toujours plus fine,plus coherente des pouvoirs de la langue qu'on accedera a une comprehension plus riche des effets du discours.(29)”

また他方で,意味論が体系化されにくいのと同様のもうひとつの困難が,彼の研究の文体論としての成立を妨げる.というのも,彼にとって,文体とは「表現的な共示・現象の誇張」(30)だからであり,つまりは,この「共示connotationという語を情意性という概念の助けなしに定義することは難しい」(31)からである.そんなわけで,Riffaterreの文体理論は,試論という形にとどまっている.結局,これらの困難を克服して,とくに意味論の分野でなされた進歩を絶えず取りいれながら,「パロールの文体論」を確立することは,現在の文体論者たちの,今後の大きな課題であろう.

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(1)P.Guiraud,Essais de stylistique,Klincksieck,1969,p.43

(2)たとえば,A.Hardyの「M.RifTaterreの文体理論と方法」,福井芳男氏の「文体論とリファテール」,D.DelasがRiffaterreの著作に寄せた序文などは,みな,この種の紹介論文である.

(3)cf.Ch.Bally,Traite de stylistique francaise,Georg&Cie,1970,vol.I,pp.17-8

(4)A.マルティネ編『言語学事典』大修館343頁.

(5)Ch.Bally,op.cit.,p.29

(6)この著作のなかで,Cressotは次のように言っている.“Pour nous,l'oeuvre litteraire n'est pas autre chose qu'une communication,et toute l'esthetique qu'y fait rentrer l'ecrivain n'est en definitive qu'un moyen de gagner plus surement l'adhesion du lecteur. Ce souci y est peut-etre plus systematique que dans la communication courante,mais il n'est pas d'une autre nature. Nous dirions meme que l'oeuvre litteraire est par excellence le domaine de la stylistique precisement parce que le choix y est plus volontaire et plus conscient.”(M.Cressot,Le style et ses techniques,PUF,1974,p.11)つまり,このような論法で行くと,書き言葉と話し言葉とのあいだには,Ballyが想定していたどんな断絶もなくなるわけである.

(7)Ch.Bally,op.cit.,p.19

(8)Ibid.拙訳

(9)J.Marouzeau,Precis de stylistique francaise,Masson et Cie,1969,p.22

(10)P.ギロー,クセジュ版『文体論』,白水社,47〜50頁を参照.

(11)P.Guiraud,Εssais de stylistique,p.27

(12)P.ギロー,クセジュ版『文体論』,77頁.

(13)およそ,ことばを媒介として思考を表現する行為には,次のような三つの価値がある.すなわち,まず「概念的価値」.これは,各人が知識としてもっているような価値である.それから,多少とも自発的な「表現的価値」と,まったく意図的な「印象的価値」.この後の二つを,文体論の探求可能な領域だとして,Guiraudは,「文体的価値」と呼んでいる.同書,53頁.なお,Guiraudの用語を使えば以上のようになるが,これらの三つの価値は,それぞれ,Barthesが規定する「言語」,「文体」,「エクリチュール」の概念に対応している.

(14)L.Spitzer,Etudes de style,Gallimard,1973,pp.8-9

(15)Ιbid.,p.9

(16)原語は<etymon spirituel>である.<etymologie psychologique>という言い方も時に見られる.このetymonとetymologieは,普通はそれぞれ語原語,語

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原学を意味するが,Spitzerにあっては,それから転じて,どちらも共に「根原」の意味で使われている.この彼のいわゆる「根原」を手っ取り早く理解するためには,構造主義で言われている「構造」の概念を思い浮かべてみればよい.両者は非常に似通っているからである.しかしながら,Spitzer自身は決して「構造」という観念には到達していない.この点について,Starobinskiは次のように言っている.“Dans tous les textes ou il(Spitzer)precise ses vues theoriques,nous le voyons insister non sur la description objective de la structure,mais sur les aspects subjectifs de la recherche. Ιl ne se demande pas: qu'est-ce qu'une structure,quelles en peuvent etre les transcriptions scientifiques? Mais: qu'est-ce que comprendre une structure?”(L.Spitzer,op.cit.,p.29)

(17)P.Guiraud,Style et Litterature,Van Goor Zonen,1962,p.15

(18)P.ギロー,クセジュ版『文体論』,84頁

(19)以下の言及は,Spitzerの前掲書,54〜7頁の記述をもとにしてつくられている.原文引用の場合は,この本のページ数だけを,引用の最後に示した.

(20)M.Riffaterre,Essais de stylistique structurale,Flammarion,1971,p.6

(21)Ibid.

(22)A.マルティネ編『言語学事典』,88頁

(23)R.バルト,『零度のエクリチュール』,みすず書房,108頁.

(24)同書,108〜9頁.

(25)同書,109頁.

(26)cf.P.Guiraud et P.Kuentz,La stylistique,Klincksieck,1975,pp.317-8

(27)ここでいう規範とは,各人が言葉を正規に使用するために習得した体系的な方法知識のことであり,それに即して頭の中にはいっている標準的表現の総体のことである.

(28)M.Riffaterre,op.cit.,p.64なお,この文体的文脈について,J.Sumpfが次のように言っているのは,あきらかに誤りである.“Le style est en effet defini chez Riffaterre par rapport au contexte; il est constitue par l'ensemble des elements marquesdu texte.”(J.Sumpf,Introduction a la stylistique du francais,Larousse,1971,p.33)Riffaterreにあっては,文脈は,文中での使用が思いがけない諸要素を特に目立たせているような目立たない諸要素の総体によってつくられているのだから,文脈の概念は,むしろSumpfの記述の逆である.仮に,人称代名詞<il>の真の主語を<le style>だとみなしても,Riffaterreにとって,文体事実を構成するのは,目立つ要素だけでもなく,もちろん,目立たない要素だけでもなく,これらの相反する諸要素の組合せにほかならないのだから,いずれにしろ,彼の記述は不可解である.(Riffaterreの前掲書,68〜9頁を参照).

(29)P.Guiraud,Essais de stylistique,p.45

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(30)Ibid.,p.43拙訳.

(31)A.マルティネ編『言語学事典』,350頁.

引用文献一覧

Ba11y,Ch.,Traite de stylistique francaise,Georg&Cie,1970,Vol.I

Cressot,M.,Le style et ses techniques,PUF,1974

Guiraud,P.,Essais de stylistique,Klincksieck,1969

Guiraud,P.,Style et Litterature,Van Goor Zonen,1962

Guiraud,P.et Kuentz,P.,La stylistique,Klincksieck,1975

Marouzeau,J.,Precis de stylistique francaise,Masson et Cie,1969

Riffaterre,M.,Essais de stylistique structurale,Flammarion,1971

Spitzer,L.,Etudes de style(Bibl.des Idees),Gallimard,1970

Sumpf,J.,Introduction a la stylistique du francais,Larousse,1971

P.ギロ-『文体論』(文庫クセジュ)白水社

R.バルト『零度のエクリチュール』みすず書房

Α.マルティネ『言語学事典』大修館

M.リファテール『文体論序説』朝日出版社

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