比喩の形式特性と修辞法
久 野 誠
Figures of speech and a classification by their formal character
Makoto Hisano
Abstract
In his significant work,“Figurative expressions : Theory and Classification”, Dr.Nakamura classified figures of speech into three types : copulative figure(with some copula), combined figure(without copula), contextual figure(comprehensible only in a broad context) by their formal character. Similar distinction : ming-yu(=simile), an-yu(=present metapher), jie-yu(=absent metapher) in the Chinese rhetoric, also.Their occidental equivalents in parentheses. That shows how fundamental this kind of division is.By the way, he didn’t adopt the rhetorical division as a subdivision. Now, we will reorganize the relation between Nakamura’s triad and rhetorical figures through confirming in our own right under what category they belong.
Key words : copulative figure, combined figure, contextual figure ; ming-yu, an-yu, jie-yu ; simile, present metapher, absent metapher, etc.
Received Sept.26.2001
欧米の古典修辞学には、おびただしい数の修辞法(figure of speech)が登録されているが、それらは長いあいだ意味の面から転義法(tropes)と非転義法(non-tropes)とに大別され、転義は基本的な修辞形態として特に細かく研究されてきた(1)。三省堂の『言語学大辞典』によれば、転義法とは、「修辞学にいう彩り(ornatus)の一種で、特に、言葉が普通とは違った、ひねった意味で使われる場合を総称してこうよぶ。伝統的には、代替(substitution)によって生じる彩りと見なされ、付加(addition)ないし反復(antistrophe)、省略(ellipsis)、あるいは倒置(inversion)によって生じる表現面での彩りと対立的に扱われる」とある(2)。そのあとで、同辞典は次の5種の代替もしくは転移の形式を転義法として区別している。すなわち、類似性による代替である隠喩(metapher)と、近接性に基づく代替である換喩(metonymy)と、反意語による代替である反語(irony)と、誇大な表現による代替である誇張法(hyperbole)と、控え目な表現による代替である緩叙法(litotes)の5種である。しかし、「この区分に関しては古来異説が多く、提喩(synecdoche)、擬人法(prosopopoeia)、換称(antonomasia)、迂言法(periphrasis)その他の扱いは一定していない。[...]それより大きな問題は、転義法という一般概念と、代替によるこれの説明とが妥当であるかどうかという点で、修辞学の衰退とともに、転義法という概念もほとんど死語化」してしまった感がある(3)。
こうして、現代においては、転義という概念は忘れ去られ、比喩に取って代られた。実際、転義と比喩は言語事象としてはほとんど同一である。伝統的な転義が最終的には隠喩・換喩・提喩に中心的な役割を与えていたのに対して、比喩では、何かを何かに喩えるという観点から、用例数が多く日常的に使われる直喩が筆頭に置かれる。実際、中村明氏編の『比喩表現辞典』(角川書店1995)でも、榛谷泰明氏編の『レトリカ比喩表現辞典』(白水社1988)でも、比喩と銘打ちながら、いわゆる直喩の用例が、圧倒的に多い。日本語では、通常の発話においては標識を備えた比喩が一般的で、指標がないと唐突でわかりにくいものになりやすいからである(4)。そこでは、比喩と直喩はほとんど同一視される。逆に、古典修辞学でも、『一般修辞学』でも、あれほど問題視されていた提喩が換喩の一種としてさほど重視されないところに、日本的な比喩の概念の特色がある (5)。比喩を直喩と隠喩と換喩とに区分する一般的な三分法にはこのようなアンバランスがある。隠喩はともかく、換喩や提喩や換称のようなものは、慣用的な言語表現の用例には事欠かないが、レトリカルな例は見つけにくいものである(6)。
ところで、中村明氏は、『比喩表現の理論と分類』において、比喩を形式面から指標比喩と結合比喩と文脈比喩とに分けている(7)。比喩の名称に合わせるように、そこでは、直喩、隠喩、諷喩、提喩、換喩はともかく、活喩(=擬人法)、引喩(=引用法)、張喩(=誇張法)、声喩(=擬声語法)、字喩(=字装法)、詞喩(=掛詞法)、類喩(=類装法)という見慣れない訳語が目につく。中村氏の著作では、これらの比喩を基本として、場合によっては、頓呼法、漸層法、婉曲語法、対照法、漸降法、頭韻法を比喩に含めるとある。しかし、現実には、氏が挙げている用例のなかに古典修辞学の他の修辞法を読みとることは可能であるので、必ずしも、これだけに限定するわけにはゆかない。しかも、一方で、字喩(「二貝[二階]の女が木にかかる」式)や類喩(花づくし、貝づくしなど)は日本独自のもので欧米には通用しないし、頭韻法も他の言語に移しかえにくい修辞法のひとつであり、普遍性の立場から、これらは二次的な重要性をもった比喩だと考えられる。他方で、引喩や声喩も、引用句や擬声語・擬態語の単純な使用だけでは、もはや表現的な効果は得られず、暗示引用のかたちにするとか、列挙のかたちにしなければならない。そんなわけで、われわれは、比喩の範囲について、もう少し広くとらえる必要がある。まずは比喩の三分法の説明から入ろう。
指標比喩は、喩えるものと喩えられるものとの関係が比喩の標識によって明示されるものである。たとえば、「この忠言は信太郎にとって、扇風機よりもありがたかった」(安岡章太郎『海辺の光景』)のような直喩である(8)。この場合は、「より」が比喩を示す繋辞(コピュラ)として機能している。比喩の標識が明示されているだけに、表現の唐突さを和らげる効果をもつ。これには、直喩以外にも、擬人法や誇張法、対照法なども含まれよう。結合比喩は、喩えるものと喩えられるものとが比喩の標識なしに直結して現れるものである。「性格がにが味を帯びている」(中山義秀『碑』)といった隠喩などが、その代表的な例として挙げられる(9)。ここでは、主語に対して、共起制限違反的な述部が直結していることが問題となる。一般に、われわれがある種の違和感を感じてその表現にすぐに引きつけられるのは、この種の比喩である。これには、現前の隠喩や擬人法、ある種の誇張法、撞着語法、代換法などが含まれる。文脈比喩は、喩えるものだけが文中に現れて、喩えられるものの把握には、文脈の吟味や、含意に関する予備知識を要するものである。中村が典型的な例として挙げているのは、「かじとりのぼくが下手だからといって、中でおまえがあばれだしたら、小舟はひっくりかえって全滅するだけなんだ」(島尾敏雄『死の棘』)である(10)。これは、諷喩と呼ばれるタイプで、比喩の確認には、さらなる文脈が必要なものである。文脈や予備知識に左右されるだけに、この種の比喩認識は、間接的で、後から効いてくるパンチのようなものである。これには、不在の隠喩や、換喩、反語、諷喩などが含まれる。
これらは、中国語の修辞法における明喩と暗喩と借喩の区別に相当するものである(11)。また、欧米の修辞学においても、それに近いものとして直喩と現前の隠喩と不在の隠喩の区別がある(12)。このいわば和漢洋の符合は中村氏による比喩の三分法の正当性を十分に物語るものである。ただし、彼はその下位区分として、指標比喩の場合は、比喩標識別を、結合比喩と文脈比喩の場合は、統辞パタン別をとっていて、修辞法別をとっていない。中村氏は、先の著作において、中央公論社版『日本の文学』から選んだ50作品の中から、それぞれ、指標比喩1264例、結合比喩5537例、文脈比喩2434例を抽出している(13)。結合比喩や文脈比喩の例が指標比喩のそれを大きく上回ってはいるのだが、もっとも用例数の多い結合比喩の場合、その多くは慣用句であって、修辞学的には死喩と呼ばれるものが大多数を占めることに注意せねばならない。結合比喩と文脈比喩から修辞学的に有効なものだけを選んだとしたら、おそらく、その数は指標比喩の用例数を超えることはないだろう。そこで本稿では、この三分法の各々に属する修辞法にはどんなものがあるかを示すことによって、比喩の形式的特徴と修辞法との関係を整理したい。立体的で複合的で重複的な修辞形態をあえて平面的に帰納的に形式的にとらえることで、命名することへの熱中によって膨れ上がった古典修辞学の遺産のエッセンスを抽出できるように思われた(14)。なお、筆者は以前から普遍的な修辞形態について考えているので、以後、日欧の修辞例をできる限り対応させて示すつもりだ。欧米の例を和訳で示すことにも不都合はないだろう。
A. 指標比喩の諸相
指標比喩にあっては直喩が中心的であろうが、場合によっては、対照法や交差配語法のような他の修辞法にかかわることがある。
直喩的指標比喩
1a「にいさんはやせた足をむちのように使って、細い道を達者に歩きます」(漱石『行人』)
1b「私の頭のなかに小石のように食いこんで永久に離れない事実」(プルースト『失われた時を求めて』)
両者とも、一般的な直喩のパターン(足を鞭のように使う、真実が小石のように食い込む)であり、わかりやすいが、実際には、比喩の標識は日本語ではきわめてバラエティーに富んでおり、注意を要する(15)。たとえば、次のようなタイプも、直喩的指標比喩の例に入ることに注意されたい。「善意というほのぼのとした電気毛布」(安部公房『他人の顔』)、
「人生というあわれな壁紙」(スティーヴンスン)両者とも、「という」という連結辞が比喩の標識に数えられる。
対照法的指標比喩
2a「慢性の病気が何時までも継続するように、慢性の寿命がまた何時までも継続するだろうと彼女には見えたのである」(漱石『道草』)
2b「ヴィルパリジ夫人は最初の結婚ではアヴレ公爵夫人になったひとで、天使のように美しく悪魔のように意地悪なひとでした」(プルースト『失われた時を求めて』)
対照法が必ずしも指標比喩をなすとは限らないが、基本形は2aのように、「AがBであるように、CはDである。」タイプである(16)。語の比較である直喩に対して、節の比較が問題となる。あるいは、2bのように、意味の対立するふたつの直喩を突きあわせたものも、対照法であり得る。
擬人法的指標比喩
3a「アハハハハ」と、老人は大きな腹をせり出して笑った。ランプのかさがびっくりするくらいな声である」(漱石『虞美人草』)
3b「夕日が中学生のように赤鉛筆でぐるぐる落書きした粗末なスカイ・ブルーの壁紙」(プルースト『失われた時を求めて』)
擬人法表現も、それが直喩の形式をとれば、指標比喩となり得る(17)。
擬物法的指標比喩
4b「弁護士の細君はうまのあしがた属のある種の花のようにまんまるい顔で、片方の目尻にかなり大きな植物性のあざがあった」(プルースト『失われた時を求めて』)
4b’「私が待っている玄関の前に並んだ車のそばには、めずらしい種類の灌木のように、ひとりの年若いボーイが立っていて、彩色したような髪の毛がふしぎにうまく調和しているのと、植物のような皮膚とで、人目をひいていた」(プルースト『失われた時を求めて』)
擬物法は、擬人法の一種で、それとは逆に人を物に喩えるタイプの日本独特の命名である(18)。擬人法に準ずる。
誇張法的指標比喩
5a「重機関銃で納屋をなぎ倒すような、すさまじい勢いの食欲」(村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)
5b「エジプトのピラミッドのように巨大な鼻」(プルースト『失われた時を求めて』)
誇張法とは程度の強めかたが極端で、誰にもはっきりウソとわかるような誇大な表現を使うものをいう(19)。
提喩的指標比喩
6a「自分は事務所へ通う動物のごとく暮らしていた」(漱石『行人』)
6a’「できるならば、鼻から息もしたくない。畳から根のはえた植物のように、じっとして二週間ばかり暮らしてみたい」(漱石『草枕』)
提喩とは特殊なものの代りに一般的な表現を使う修辞形態で、本来は、指標比喩ではないのだが、ここでは、両者とも、提喩的直喩表現が問題となっている。先にも述べたように、提喩自体、日本語ではポピュラーな修辞法ではないので、しかも、通常は、文脈比喩的な形をとることが多いために、この種の用例数は少ないように思われる。
交差配語法的指標比喩
7a「ヘンリーは哲学のような小説を書き、ウィリアムは小説のような哲学を書く」(漱石「思い出す事など」)
cf. 7b「それは政界では大財界人として通り、財界では大政治家として通っている名士です」(プルースト『失われた時を求めて』)
7aでは、比較第一項と比較第二項を入れ替えるかたちで直喩表現を繰り返したもので、交差配語とか交錯配語とか呼ばれる(20)。7bのケースでは、比喩標識ははっきりしないので、結合比喩と見なすべきであろう。
類語反復的指標比喩
8a「浅井君は、ハハハハ、と高く笑った。ついでに、欄干から胸をつき出して、よだれのごときつばを、はるかの下に吐いた」(漱石『虞美人草』)
8a’「げたを買おうと思って、げた屋をのぞき込んだら、白熱ガスの下に、まっしろに塗りたてた娘が、石膏の化けもののようにすわっていたので、急にいやになって、やめた」(『三四郎』)
前者では、「よだれ」と「つば」といった似たものが突き合わされ、後者では、白さの強調のために、「白熱ガス」、「まっしろに塗りたてた娘」、「石膏の化けもの」といった一連の白いものが並べられている。
同一差異法的指標比喩
9a「わたしの妻は三十年のあいだ文句ひとつ言わなかったが、いかにも三十年間文句ひとつ言わない妻といった女だった」(石井慎二編『レトリックの本』)
9b「二千メートルはなれた飛行機は二キロはなれた汽車以上に遠くはない、いやもっと近くさえある」(プルースト『失われた時を求めて』)
筆者の知る限り、同一差異法という名称は古典修辞学の修辞法のなかには見られない。『レトリックの本』には典拠が示されていないので、どこから取ってきたものか、あるいは、石井慎二氏がかってに命名したものか判然しない(21)。その意味は、同じ意味の表現を対比させることによって、両者に異なるニュアンスを与えるものである。前者では「いかにも」が、後者では「以上に」が比喩の標識になっている。
異義復用法的指標比喩
10a「馬券であてるのは、ひとの心をあてるより、むずかしいじゃありませんか。あなたは索引のついている人の心さえ、あててみようとなさらないのんきなかただのに」(漱石『三四郎』)
10b「まるくふくらんで新鮮な子供の頃の頬のような枕の頬」(プルースト『失われた時を求めて』)
異義復用法は、同一語句を意味を変えて繰り返すもので、10aでは「あてる」、10bでは「頬」がそれにあたる(22)。比喩の標識としては、前者では「より」、後者では「よう」である。
B. 結合比喩の諸相
隠喩的結合比喩
11a「自分ながら、この時は、相手の寒い顔が伝染しているに相違ない、と思った」(漱石「琴のそら音」)
11b「十五年おきにやっと一つ、一幕ものかソネットをしぼりだす便秘作家」(プルースト『失われた時を求めて』)
「伝染している」のが疫病ではなくて顔である点、「便秘」の意味が文字通りのものではなくて、劇作をなかなか生み出さない作家が問題となっている点で、隠喩扱いを受ける(23)。
擬人法的結合比喩
12a「古い思い出が、東京の友人宅での冗談話に誘発され、帰りの電車の中で私をちくりと刺したのだった。」(尾崎一雄『まぼろしの記』)
12b「真実はそとからやってきて、われわれに恐ろしい針を刺し、永久にわれわれを傷つける。」(プルースト『失われた時を求めて』)
両者とも主部と述部との結合比喩になっている。両者とも、抽象観念を、人か動物に喩えるタイプの擬人法表現である(24)。擬人法は直喩形式なら指標比喩になり、隠喩形式なら結合比喩になり、諷喩の形をとれば文脈比喩ということになる。
擬物法的結合比喩
13b「そのあたりは夏になると一本のはしばみの木の青葉におおわれ、その陰にむぎわら帽子をかぶったひとりの釣師がいつもはやくから根を生やしていた」(プルースト『失われた時を求めて』)
人が植物に喩えられており、日本的な命名では擬物法ということになる(25)。これも、主部と述部の結合比喩である。
誇張法的結合比喩
14a「豊かに妻を養わぬ夫は、妻の目から見れば大罪人である」(漱石『野分』)
14a’「アッといってうしろを向いたら、もう結婚していたんです」「だれがアッといったの」この質問ほど津田にとって無意味なものはなかった。だれがアッといおうと、よけいなお世話としか、かれには見えなかった」(漱石『明暗』)
普通に考えれば、「豊かに妻を養わ」ないだけで夫が「大罪人」になることはない。そこには心理的な誇張が見られる。後の例でも、文字通りに考えた場合、「アッといってうしろを向 」く程の短い時間のうちに「結婚」が済んでしまうなどとは考えにくく、誇張表現以外の何物でもない(26)。「夫」と「大罪人」、「うしろを向いたら」と「結婚していた」とがほぼ直結していることで結合比喩の扱いを受ける。
撞着語法(逆説)的結合比喩
15b「燃えつきたローソクが燭台からむせかえる油煙の匂いを撒き散らしながら、暖かいつららになって流れていた」(ボグダン・ヴォイドフスキ『死者に投げられたパン』)
15b’「主人はそういう感想の表明をこの晩にもう何度もほかの人達から聞いていたので、大公の感想の正しさに感心した」(プルースト『失われた時を求めて』)
撞着語法はそれ自体典型的な結合比喩タイプである(27)。「暖かいつらら」がそれにあたる。後の例では、普通は、同じ話を何度も聞かされていれば、うんざりするか、少なくとも感心の度合いは減じるはずである。そんな矛盾を含んでいるので、反語か逆説になる。
代換法的結合比喩
16b「どん欲なカウンターに肘をついているあの商人」(ユゴー)
16b’「農夫がとぼとぼと疲れた道を歩く」(トーマス・グレー『エレジー』)
本来修飾すべき場所に修飾語をもってこないことによって、表現的な効果を得ようとする修辞法を古典修辞学では代換法、英語系では転喩といったりする(28)。このタイプのものは、その性質上、常に結合比喩の形をとる。
兼用法的結合比喩
17b「父が、庭師からも晴雨計からも、きまったようにおなじ好都合な返事を受取ったとなると、そこではじめて夕食に話が出るのであった」(プルースト『失われた時を求めて』)
17b’「この支配人は一種の首振り人形で、顔も声も傷跡だらけで、(顔には多数のにきびの根絶した跡が、声には遠い異国の生れと各国を流れ歩いたような少年時代のなごりとをとどめる、様々の訛りがあった)。」(プルースト『失われた時を求めて』)
ふたつ以上の主語や補語に対して述語動詞や形容詞などの兼用を行うタイプの修辞法を兼用法というが、兼用法も、その性質上、常に結合比喩のかたちをとる(29)。
挿入法的結合比喩
18a「その時兄は常に変らない様子をして、(兄嫁に評させると常に変らない様子を装って、)『二郎ちょっと話がある。あっちの部屋に来てくれ』と穏やかに云った」(漱石『行人』)
18b「そんなこといったって、私は何も(聖人じゃない、というのかと思っていたら)天使じゃないんだから」ホモの女役の司祭の言葉(プルースト『失われた時を求めて』)
形式面から見ると、似たような構文を、内容を少し変えて繰り返す修辞法ということになる。ためらい、注釈、訂正といった様相も帯びる(30)。
対照法的結合比喩
19a「地球が地軸を回転するのはなんの作用かわからないが、世の中を動かすものはたしかに金である」(漱石『吾輩は猫である』)対照法
19b「一秒間に地球の回りをより多く回転する力は電流ではなく苦痛である」(プルースト『失われた時を求めて』)
対照法には複数のパターンが考えられるが、ここでは、訂正の形を借りて、ふたつのレベルの異なる事柄を結びつけている(31)。
暗示看過的結合比喩
20a「ここから先はどうしても申しあげられません。お嬢様を妾に出せなどという馬鹿げた話をどうして口にできましょうか」(井上ひさし『腹鼓記』)
20b「私は妃殿下がまことに文芸作品の美しさをよく御存じであられたと指摘することもできようが、なぜにいまさら詳述の必要があろう」(ボシュエ『オルレアン公夫人追悼説教』)
暗示看過preteritionは言わないといっておきながら、言ってしまうことによって、意を強めるタイプの修辞法である(32)。井上の例は、あきらかに、古典修辞学の学習によって得られたものである。かつて、フランスのリセ(7年制の国立高等中学)の生徒たちがデュ・マルセーやフォンタニエの教科書などを使って覚えようとしたように。
婉曲語法的結合比喩
21a「母親がめでたくあの世に引越して小一年、ようやく遺品の整理がすんで、わたしのもとへ一冊の手帳が返ってきた」(井上ひさし『ニホン語日記』)
婉曲語法は、通常、文脈比喩の形をとることが多いが、ここでは、「あの世に」と「引っ越して」との間で結合比喩になっている(33)。死ぬことは非日常的な事柄であり、引っ越すことは日常的な事柄である。
自然発生的結合比喩
22a「先生、飯食われますか」(アルク編『月刊・日本語』)
22a’「九州工業大学に来ていた外国人学生から『三途の川は何県にありますか』と聞かれたことがある」(梅田星也『日本語先生奮闘記』)
これらは、話者が意識した発話のようには思えないが、結果的に、「飯食」と「われますか」との結合、また、「三途の川は」と「何県にありますか」との結合は、確かに修辞的な対比を生んでいる(34)。
C. 文脈比喩の諸相
隠喩(諷喩)的文脈比喩
23a「土なべの底 [のように赤い顔をした男] は、やがて勘定を払って、ついでに下女にからかって、二階を買いきったような大きな声を出して、そうして出ていった」(漱石『野分』)23b「この名文句は、そのためにわざわざ招待した親密な人たちのあいだで、その翌日の昼食にはまだ冷製のままで食べられたし、その一週間は、ソースをいろいろに変えて食卓に顔をだす始末だった」(プルースト『失われた時を求めて』)
「土なべの底」が「土なべの底のように赤い顔をした男」であることがわかるのは文脈を通してであるし、「名文句」が「料理」に喩えられ続けるにも文脈が必要であることから、これらは文脈比喩の仲間に入ってくる。23aは不在の隠喩タイプで、23bは諷喩タイプである(35)。
誇張法的文脈比喩
24a「わがはいはこの際限なき談話を中途で聞き捨てて、ふとんをすべり落ちて縁側から飛び降りたとき、八万八千八百八十本の毛髪を一度に立てて身震いをした」(漱石『吾輩は猫である』)
24b「三千フランのルビーを、これはほんのつまらないものですが、といってコタール医師に贈る代りに、ヴェルデュラン氏は、三百フランの模造宝石を買い、コタールには、こんなにみごとなのはそうざらにはないという意味をもらした」(プルースト『失われた時を求めて』)
誇張法はさまざまなパターンをとるが、ここでは、数字を使った例を並べてみた。後の例は、文構成の面からみると、対照法の好例をなしている(36)。この種の誇張法の吟味には、ある程度、文脈の把握が必要なことから、それは文脈比喩の中に組み入れられている。
換喩的文脈比喩
25a「『勝手にしろ、口の減らねえ、餓鬼だ』『とつ、この乾屎厥』『なんだと?』青い頭は、すでにのれんをくぐって、春風に吹かれている」(漱石『草枕』)
25a’「おっといまはねた鯉だが、やつは百五十万円の錦鯉だよ。なんでも、昨年度の錦鯉コンクールで総理大臣賞を授けられた逸品だそうだ。ほかにも農林大臣賞や水産庁長官賞がぞろぞろ泳いでいるのだよ」(井上ひさし『ドン松五郎の生活』)
換喩は隣接の関係にある二者のあいだの代替であるが、「青い頭」や「農林大臣賞」がそれぞれ、小坊主と鯉を示すことがわかるのは文脈によってであるから、それは文脈比喩の扱いを受ける(37)。
提喩的文脈比喩
26a「下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を払って、白い鋼の色を、その眼の前へつきつけた」(芥川龍之介『羅生門』)
26b「彼を待っていたのは、二十日大根と、鰯をほしがってミャーミャーないている猫と、シチューをこがしはしないかと気にしているアメリーであった。家の主人は野菜をちょっとかじって、その動物をなで、今日は何か変わったことはありますかときくその人間にこう答える。――たいしたことはないね」(レーモン・クノー『きびしい冬』)
提喩は主に一般と特殊との間の代替で、たとえば、白いものといっても、白髪なのか、雪なのか、あるいはそれ以外の白いものなのかは文脈がないとわからないことから、もっぱら文脈比喩に属する(38)。
換称法的文脈比喩
27a「ぼくは平生から、彼女がぼくに対してふるまうごとく大胆に、率直に(ある時は善意ではあるが)、威圧的に、他人に向かってふるまうことができたなら、ぼくのような他に欠点の多いものでも、さぞ愉快に世の中を渡っていかれるだろうと想像して、大いにこの小さなタイラント(暴君)[=千代子]をうらやましがっていた」(漱石『彼岸過迄』)
換称法は固有名詞と普通名詞との間の代替による修辞法で、慣用句としてはよく見られるものだが、表現的な例は少ない(39)。「この小さなタイラント」が千代子という女性を指すことがわかるには文脈が必要なことから、文脈比喩として取り扱われる。
代称的文脈比喩
28a「また殺しっこが出来る様にすんべと言ってる衆」[=憲法改正論者](井上ひさし『新東海道五十三次』)
28b「『私の問に対する答えにはなっていませんね』と、週に3度学部で試験官になる教授[=コタール医師]は、えらい博士の口振りで語をついだ。」(プルースト『失われた時を求めて』)
代称は、一語で説明できるものをわざと複数の語句で示すことによって、直接的な表現を避けるタイプの修辞法であり、もともと、詩の技法のひとつである(40)。
反語法的文脈比喩
29a「驚いたのは主人ばかりではない。わがはいまでも、かれら君子の才芸に嘆服して、おぼえず耳を傾けたぐらいである。しかし、読者もご案内であろうが、嘆服ということと、邪魔ということは、時として両立する場合がある」(漱石『吾輩は猫である』)
29a’「医者があらわれた。その顔を見ると、やっぱり坑夫のタイプである。黒のモーニングに、しまのズボンを着て、えりの外へあごを突き出して、「おまえか、健康診断をしてもらうのは」といった。この語勢には、馬に対しても、犬に対しても、ぜひ腹の中でいうべきほどの敬意がこもっていた」(漱石『坑夫』)
ある表現が反語であるかどうかは、問題の表現だけでは判断できないので、反語法は基本的に文脈比喩となる(41)。
緩叙法的文脈比喩
30a「海にいるのは、あれは人魚ではないのです。海にいるのは、あれは、波ばかり。」(中原中也『在りし日の歌』)
30b「カンブルメール氏の鼻はみっともなくはなかった、むしろその大きさのために、りっぱすぎ、たくましすぎ、いばりすぎていた」(プルースト『失われた時を求めて』)
前者は故佐藤信夫が『レトリック感覚』の「緩叙法」の章で、「もっとも緩叙法的な緩叙法」だと考えた味わい深い用例で、他に後のプルーストの例に匹敵するような対義語の否定としての緩叙法の好例が見当たらなかったので、本例を収録した(42)。
誤解誘導(漸層法)的文脈比喩
31a「白い下半身を剥き出しにした娘が横たわっている。麻酔薬を嗅がせられているらしく身動きひとつしない。娘の、高く盛り上った胸が皮鞴のように規則正しくゆっくりとせり上り沈み込む。と、思いつめた目をした中年男が冷たく光る鋭利な刃物を握りしめ、娘の下腹部へ顔を近づけて行き、ぐさりとその刃物を突き立てた......。殺人か。そうではない、帝王切開がこれから始まるのである」(井上ひさし『犯罪調書』)
31b「何かがあたったように、窓ガラスに小さな音がひとつ、続いて、上の窓から人が砂粒をまいたかのように、ゆたかな量感の、さらさらとした落下、ついでその落下は広がり、そろって、ひとつのリズムをおび、流れとなり、響きとなり、音楽となり、無数に広がり、くまなく四面に満ちた――雨だった」(プルースト『失われた時を求めて』)
両者とも、最初から順番に読んでいくと、途中までは、それぞれ「帝王切開」「雨」のことが問題となっているのだということは、わからないように仕組まれている。最後まで読めば、何だということになる。これは、中村の『日本語レトリックの体系』では、誤解誘導と名づけられたもので、漸層法の一種であろう。サスペンスの盛り上げや、リズミカルな描写に適した修辞法である(43)。
擬声語(列叙法)的文脈比喩
32a「ほおにあたるときはガリガリと音がした。もみあげのところでは、ゾキリと動脈が鳴った。あごのあたりに利刃がひらめく時分には、ゴリゴリ、ゴリゴリと、霜柱を踏みつけるような怪しい声が出た。」(漱石『草枕』)
32b「それから二人はどたばたしながら追いつ追われつし、互いに大きな袖を翼のようにひらひらさせ、愛しあう小鳥のようにくっくっと鳴き、ぴいぴいと鳴いた。」(プルースト『失われた時を求めて』)
前者では、各要素の中心に擬声語「ガリガリ、ゾキリ、ゴリゴリ」が含まれるもので、単独では大きな効果は上げ得ないが、積み重ねられることによって、印象効果は倍増するように思われる(44)。後者では、擬声語・擬態語表現「ひらひら、くっくっ、ぴいぴい」は、原文では、たとえば、piauler「(小鳥が)ぴいぴい鳴く」のように、完全な擬声語だというわけではないが、たぶんに擬声語的である。擬声語の連続使用は、描写の臨場感を高めるだろう。
異義復用法(列叙法)的文脈比喩
33a「注射器さすのはお医者さん、水をさすのは傍観者、天をさすのはお釈迦さま、花をさすのは女の子、傘をさすのは雨の日だ」(井上ひさし『ブンとフン』)
33a’「金をためるかわりに垢をためる、犬を飼うかわりに蚤を飼う、女中を雇うかわりに女中に雇われる、夏ひやむぎを喰うかわりに冬ひやめしを喰う、小切手をかくかわりに赤っ恥をかく」(井上ひさし『日本人のへそ』)
異義復用法は掛詞の一種で、その積み重ねは、下手をすると、駄洒落の連発のように、場面の深刻さや緊迫感を失うものとなるため、その連続使用には勇気がいる。
諺積み上げ(列叙法)的文脈比喩
34a「人間万事塞翁の馬、七ころび八起き、弱りめにたたりめで、ついこの秘密が露見に及んで、ついにおかみのご法度を破ったというところで、重きおしおきに仰せつけられそうになりました」(漱石『吾輩は猫である』)
34a’「おおみそかを越すとお正月が来るくらいは承知していたが、地獄で仏ということわざも記憶していたが、窮まれば通ずという熟語も習ったことがあるが、困ったときはだれか来て助けてくれそうなものだくらいに思って、しばい気を起こして困っていたこともたびたびあるが、この時はまるで違う」(漱石『坑夫』)
ひとつひとつの要素は諺を基調とするもので、それ自体は平凡であるが、それらの積み重ねは、スピードを上げて音読をしてみると強調されるように、ある程度の修辞的な効果をもっているように思われる。
前辞反復(列叙法)的文脈比喩
35a「山路を登りながら考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。」(漱石『草枕』)
35b「羊腸の如くくねった山路を登りながら、おれはこう考えた。薩長の反逆を思えば腹が立つ。君家の窮状を思えば涙が流れる。腹立ちと涙を押えて暮すのは窮屈だ。とにかく人の世はお先まっくらだ。お先のくらいのが高じると、明るいところへひっ越したくなる。」(井上ひさし『おれたちと大砲』)
前者では、有名な対照法「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」が基調になっているが、全体は、漱石に親しい前辞反復的なパタン「人の世は住みにくい。住みにくさが高じると」をなしている。後者では、『草枕』冒頭部の井上による徹底したパロディーが問題となっている。茶化し気味の直喩の追加「羊腸の如く」、対照法的な対応「薩長の反逆を思えば腹が立つ。君家の窮状を思えば涙が流れる。」、前辞反復的な繰り返し「人の世はお先まっくらだ。お先のくらいのが高じると」、など。修辞学ではそんなパロディーを暗示引用と呼ぶ(45)。
撞着語法の積み重ね(列挙法)的文脈比喩
36a「理知的なジュリエットなんて、炊きたての冷飯、痩せぎすの肥っちょ、見上げるような小男、前途洋々の老人、抜群の不成績、一匹狼の大群、何千何万という四十七士、傾国の醜女、不親切な人情家みたいなものだ」(井上ひさし『青葉繁れる』)
36b「ああ争う恋、ああ恋しての憎しみ、ああ無から生じた有、ああ重い軽はずみ、真剣な戯れ、美しい姿の醜い取り乱し、鉛の羽根、輝く煙、冷たい火、病める健康、いつも覚めているほんものでない眠り」(シェークスピア『ロミオとジュリエット』)
両者とも、各要素はそれ自体撞着語法をなしている(翻訳では必ずしもはっきりしない)のだが、それが10個前後積み重ねられることによって、独特の派手な効果を挙げている。井上のものは、当然、後者のパロディーであり、両者は完全に対応している(46)。ひとつひとつの撞着語法は結合比喩になるが、それらの積み重ねは、それ自体が文脈としても機能するところから、文脈比喩と考えた。
人物描写(列叙法)的文脈比喩
37a「四十を越した男、自然に淘汰せられんとした男、さしたる過去を持たぬ男に、忙しい世が、これほどの手間と、時間と、親切をかけてくれようとは、夢にも待ちもうけなかった余は、病に生きかえるとともに、心に生きかえった」(漱石「思い出す事など」)
37b「そういうときのシャルリュス氏は、専門以外の事は何も分からない学者のように退屈で、秘密を握っているのが得意でふれまわりたくてならない事情通のように小うるさく、自分の欠点が問題になると、それをいやがられているのだとは気もつかず、上機嫌になる男のように不愉快で、偏執狂のように奴隷的で、犯人のようにずるずる軽率な行動へとひきずられる」(プルースト『失われた時を求めて』)
前者は、話者のユーモアを基調とするなかで、列叙法「四十を越した男、自然に淘汰せられんとした男、さしたる過去を持たぬ男」と兼用法「手間と、時間と、親切をかけて」と異義復用法「病に生きかえるとともに、心に生きかえった」の駆使によって大きな効果を得ている。後者の各要素は、拡充直喩的な、もってまわった表現になっていて、しかも、それらの積み重ねが、人物の一時的な態度を執拗に描写している。
長い前口上(列叙法)的文脈比喩
38a「この、奇妙な、しかし考えようによってはこの上もなく真面目な、だが照明の当て具合ひとつでは信じられないほど滑稽な、また見方を変えれば呆気ないぐらい他愛のない、それでいて心ある人びとにはすこぶる含蓄に富んだ、その半面この国の権力を握るお偉方やその取巻き連中には無性に腹立たしい、一方常に材料不足を託つテレビや新聞や週刊誌にとってははなはだお誂え向きの、したがって高みの見物席の弥次馬諸公にははらはらどきどきわくわくの、にもかかわらず法律学者や言語学者にはいらいらくよくよストレスノイローゼの原因になったこの事件を語り起すにあたって、いったいどこから書き始めたらよいのかと、記録係はだいぶ迷い、かなり頭を痛め、ない智恵をずいぶん絞った」(井上ひさし『吉里吉里人』)
38b「これからあなたにお報せするのは、この上もなく衝撃的なこと、この上もなく驚かされること、この上もなく驚嘆すべきこと、この上もなく素晴らしいこと、この上もなく壮麗なこの上もなく眩惑的なこと、この上もなく未曾有なこと、この上もなく奇抜なこと、この上もなく奇異なこと、この上もなく信じ難いこと、この上もなく思いがけないこと、この上もなく偉大なこと、この上もなく矮小なこと、この上もなく稀有なこと、この上もなくありふれたこと、この上もなく輝かしいこと、今日までで最も秘めやかなこと、この上もなく輝かしいこと、この上もなく羨むべきこと、つまりいままでの時代の中にただ一つの類例しかみつからないことで、しかもその例さえも適切ではないのです」(セヴィニエ夫人『書簡』)
頭尾語反復(この上もなく〜なこと)がワンパターンを形成する後者と、最初から各表現が変化に富んでいる前者とでは、外見は異なるが、共に、その中で修辞的な対比を含む点で、両者は共通している。すなわち、前者では、たとえば、「真面目な」と「滑稽な」の逆説的な配置、後者でも、「未曾有な」と「ありふれた」の逆説的な配置が見られる。共に、恐るべき長さの前口上が問題となっており、日欧間で見事な対応を見せている(47)。というより、それは、井上ひさしの初期から中期にかけての作品群が、R.クノーの『文体練習』のように、古典修辞学のエクササイズであることの証拠である(48)。
結 語
以上で個々の分析を終る。全部の修辞法を網羅的に扱ったわけではないが、主要なものについては言及したつもりである。形式面よりもむしろ論理面、内容面の把握・吟味を通して比喩認識が成立していると見なされるものもあるのだが、それらについても、形式特徴から入ることによって、造型のパターンを認識しやすくした。無理は承知で、すべての修辞法を一度、比喩標識の有標か無標か、また対比のためのコンテクストが現前か不在かという角度から、見てみたわけである。対比のための文脈がある程度の長さに渡る場合に、結合比喩とすべきか、文脈比喩にすべきか迷うところだが、本稿では、それらは文脈比喩として処理している。つまり、対比のための文脈を有する場合でも、語句や節のレベルで結合されているものは基本的に結合比喩とするが、それがひとつの文のレベルを超える場合は原則として文脈比喩の扱いを受ける。後者を結合比喩の別タイプとすることもできようが、認識の即時性が得られない点を考えると、文脈比喩に組み入れたほうがよいように思われた。また、列挙や積み重ねを軸とする修辞法についても、ここでは文脈比喩のなかに組み入れてある。さらに、暗黙の言語規範やイゾトピー(49)や背景知識との照合が対比にからんでくる場合でも、文脈比喩が問題となる。いずれにしても、用例から技法に入っているという点で、つまりどのような修辞法にはどのような例があるのかではなく、どのような形式がどのような修辞法に対応しているのかという事柄において、本稿がバルトの悲痛な訴えかけにある程度答えることになるのではないかと思う(50)。
註
(1) 初版が1821年(Manuel classique pour l’étude des Tropes)と1827年(Des figures autres que tropes)に出されたP.FontanierのLes Figures du Discours (Flammarion,1968先の二著の合冊本)は、当時よく読まれた最も体系的な古典修辞学の手引書の1冊であるが、これ以後、転義の概念は縮小し、類推による隠喩と、隣接による換喩と、分有による提喩の3種が転義の中心に据えられるようになったという。
(2) 亀井孝・河野六郎・千野栄一氏編『言語学大辞典 第6巻 術語編』三省堂、1996
(3) 引用は(2)と同じ。先のフォンタニエの分類(前掲書1968)によれば、換喩、提喩、換称、隠喩、擬人法、誇張法、緩叙法、逆説(paradox)、反語などは転義法で、くびき語法(zeugma)、漸層法(climax)、頭韻法(alliteration)、類音語法(paronomasia)、異義復用法(antanaclasis)、迂言法、直喩(simile)、対照法(antithesis)などは非転義法であるとみなされていたが、緩叙法の一種である迂言法は非転義法に組み入れられているのに、当の緩叙法自体は転義法に組み入れられているといった問題点が見えていた。また、過去に故佐藤信夫氏が国際的な修辞学会に古典修辞学における提喩の概念の修正(全体と部分との間の代替は換喩とするもの)を提案して受け入れられたことがあり、そのことは提喩の概念の脆弱さを物語っている。
(4) cf.拙稿「直喩研究の指針 再認識と再評価のために」『聖徳学園岐阜教育大学紀要』第33集、1997、pp.69-70
(5) 実際、日本では、直喩に隠喩、狭い意味での換喩に比べても、提喩の使用はポピュラーではなく、修辞学書のなかで解説されることはあっても、その表現的な用例に出くわすことはほとんどない。それに対して西欧では、たとえば、グループμの『一般修辞学』(佐々木健一訳、大修館書店、1981)は、提喩的な変換をすべての修辞法の中心に据えていた。
(6) 故佐藤信夫の遺志を継いだ佐々木健一氏らによる『レトリック大辞典』が鋭意編集中と聞くが、それまではわが国で唯一のレトリック辞典である野内良三氏の同名の著作(国書刊行会1998)を紐解いても、換喩・提喩・換称の各項目を埋めるのは、ほとんど成句・慣用句の例である。
(7) 中村明(国立国語研究所)『比喩表現の理論と分類』(秀英出版1977)を参照。
(8) 中村氏が挙げている他の指標比喩の例としては、「頬の皮膚が糊でもついているように、こわばって、ひきつるような気がした。」(広津和郎『神経病時代』)、「こんな、わずか数ミリの隆起物のために、まるで皮膚病やみの野良犬みたいに追い立てられなければならない。」(安部公房『他人の顔』)などの直喩表現がある。
(9) 中村氏が挙げている他の結合比喩の例としては、短いものでは「着物ども」などや、「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。」(梶井基次郎『檸檬』)、「このわかりにくさがそのまま徳子自身にはいまの杉下と自分との関係での、ある自省となって跳ねかえってくるのであった。」(井上友一郎『ハイネの月』)などが示されている。
(10) 中村氏が挙げている他の文脈比喩の例としては、「杉下はまたしてもギクリと心臓を突き刺されて顔を顰めた。」(井上友一郎、前掲書)、「打つべき釘を、打ち残した気持がつづき、香菜江は、答えをせぬことで、わずかに相手をはねかえす気組みを守った。」(永井龍男『風ふたたび』)などがある。
(11) 相原茂編『改訂版中国語学習ハンドブック』(大修館書店、1996、p.130)には、現代中国語の用例とともに、比喩の下位区分として、AはBのようだと喩える明喩タイプと、AはBであると喩える暗喩タイプと、比較第1項のAを表に出さずに、直接、比較第2項のBを用いて喩える借喩タイプが登録されている。
(12) グループμの『一般修辞学』は、不在の隠喩に対する現前の隠喩の優位性について、いみじくも、こう語っている。「厳密に言うならば、古代の見解によれば真の隠喩は[対比のための文脈が]不在の(in absentia)隠喩であ」り、「城廓のナイチンゲール、城壁に閉じこめられたきらめき、このくちばし、このここちよい逆止爪、石灰のとらわれもの」(R.ブロック)の例が「四つも隠喩を用いているにもかかわらず、電気の切り換えスイッチのことを言っているということがわかるのは、ただ文脈のおかげなのである。だからこそ詩人は、少しずつ[対比のための文脈が]現前の(in praesentia)隠喩に訴えてきたわけである。現前の隠喩を使えば、はるかにずっと突飛な照合が可能である。」(同書217ページ)
(13) 中村明(国立国語研究所)『比喩表現の理論と分類』の314-441ページより算出。
(14) 1995年の12月に岡山大学で行われたレトリック研究会の講演のなかで、中村氏は、分類上の問題点について、表現の多面性、技法の重なり、技法の多面性の三つの観点から、レトリック認識の難しさを説いていた。これは、『新文章講話』で名を馳せた早稲田修辞学の重鎮である五十嵐力の遺志を継ぐようなかたちで、わが国では、もっとも網羅的な修辞学書である『日本語レトリックの体系』(岩波書店1991)を編纂した氏のことばであるだけに、説得力がある。詳しくは、中村明「日本語レトリックの表現と効果」(植松秀雄編『掘り出された術・レトリック』木鐸社1999、pp.45-82所収)を参照されたい。
(15)『比喩表現の理論と分類』がまとめあげた比喩標識のバリエーションは、代表形だけ挙げても、次のように多岐に渡っている。感じる・たとえる、比較する、呼ぶ、なる、感じられる、気がする、感じさせる、見いだす、思い合わされる、想像される、連想する、似る、相当する・類する、劣る、違う、成す、倣う、例にする、などの動詞類。まるで、いわば、ほとんど、まさに、つくづく、今にも、つまり、なんだか、仮に、これでは、まさか、大して、薬にしたくも、Aを見ると、Bがよく...ように、Bということがある、Bではあるまいし、Cから見れば、Cで言えば、などの副詞類。ほど、でも、さえ、に、というものは、の、AであれBであれ、CがDならAはB、といった助詞類。近い・同じ、同様、同然、同類、その通り、わからない、ふさわしい、比でない、よう、そう、である、ではない、Bはよかった、などの形容(動)詞・助動詞類。もの・こと、ようす・ぐあい、感じ・気持ち、代わり・役目、たぐい、類似、たとえ、錯覚、などの名詞類。へたな、大した、いわゆる、一種の、小、といった連体詞・接頭辞類。ばり、的、化、紛い、じみる、ぽい、そっくり、さながら、たる、そのもの、ひとつ、といった接尾辞類。詳しくは同書、448-452ページを参照されたい。
(16) 他の例としては、「白粉が肌を荒すように、嫉妬は感情を荒します」(川端康成『秋消
える海の恋』)、「空間に幾何学があるように、時間にはひとつの心理学がある」(プルースト『失われた時を求めて』)などがある。
(17) 他の例については、「ライトが棒のように闇をかき混ぜる」(立松和平『火の車』)や「朝の光は庭師のように梯子をよせかけた」「伏して涼をとる散歩者のように水辺に寝ころんでいる過去」(プルースト『失われた時を求めて』)や「日の光が、彼女の露わな白い腕の上で、小魚のようにぴちぴちと跳ねている」(ジャン・ルスロ『小説ベルリオーズ』)など多数がある。
(18) 他の例としては、「いい舟があんだが」と老人は二百メートルも向うにあるひねこびた松の木にでも話しかけるような、大きな声でどなりたてた」(山本周五郎『青べか物語』)などがある。
(19) 他の例には、「抜け上がったはえぎわから、前髪が堤防工事のように高くそびえて、少なくとも顔の長さの二分の一だけ、天に向かってせり出している」(漱石『吾輩は猫である』)や「ちょうど噴火山が破裂してラバが顔の上を流れたようなもので、親が産んでくれた顔を、だいなしにしてしまった。主人はおりおり細君に向かって、ホウソウをせぬうちは玉のような男子であった、といっている」(漱石、前掲書)「髪の毛は前人未踏のアフリカのジャングルよろしくもじゃもじゃ生え茂り、その一本一本が上に横に斜めに東に西にと勝手気ままな方向に伸び、その上複雑怪奇に絡み合いもつれ合い、本当にライオンの一頭や二頭は潜み隠れていそうな気配だった」(井上ひさし『モッキンポット師の後始末』)「ぼくが、じゃ明日から来ますと答えると支配人は総金歯をにゅっとむいて笑ったので、あたりが黄金色に目映く輝いた」(井上ひさし『モッキンポット師の後始末』)「雨が脚に突き刺さり背骨を鉄の棒で打つと思われるほど猛烈に降りはじめました」(Y.ルベル『ニキーナ』)など多数がある。
(20) 他の例としては、「現在のような転形期には、職能に徹し切れない、中途半端な存在が、芸術家のような政治家や、政治家のような芸術家が、あまりにも多すぎるようである」(花田清輝『さちゅりこん』)、「この海をトパーズのように燃えあがらせ、発酵したぶどう酒のようにわきたたせ、ビールのように金色と乳色にし、ミルクのように泡立たせているこんな太陽」(プルースト『失われた時を求めて』)、「そこに出てくる変身の美女たち[=アスパラガス]は、シェイクスピアの夢幻劇のように詩的であると同時に野卑なファルスを演じながら、私のしびんを香水びんに変えてしまうのであった」(プルースト、前掲書)など多数がある。
(21)「かなり現代的で皮肉な用法として、『同一差異法』というのが開発されている。たとえば、『犬が犬のように笑った』という言い回し。これはもう分裂病的な世界だ。」(石井慎二編『レトリックの本』JICC出版局、1981、226ページ) 「彼は政治屋であって政治家ではない」という言いかたや、「最近はどこを向いても先生ばかりで、教師はすっかり影をひそめた」という表現も、それに近い効果を有する。
(22) 異義復用法は異義復言ともいうが、形式的には掛詞の一種であるから、言葉遊び的な性格が強く、ともすれば児戯に終りやすいので注意を要する。なお、フランス語における異義復用法の例と解説については、P.ギロー(中村栄子訳)『言葉遊び』(白水社1979)を参照。
(23) この種の隠喩は最もポピュラーなもので、例は無数に存在している。「沈黙の海」「くちづけの針」「爆笑の痙攣」「毛髪の銀鉱脈」「夕立の槍」「不幸や病気の雪崩」「温水暖房器のしゃっくり」「そばかすや小さな吹出物の星雲や銀河」「胸がむかつくほど脂っこい[冗談]」「寒さのためにやたらに色を塗りたくられた兵士たちの顔」(以上プルースト『失われた時を求めて』)「人生ってほんとうに悲しいものね、指の下からどんどん溶けて流れてしまう」と相手は言った」(スティーヴンスン)「笑いの伝染病」(山口瞳『吉野秀雄先生』)「青い草の海」(漱石『二百十日』)「人の海」(漱石『永日小品』)「興味の高潮」(漱石『行人』)「冗談の雲」(漱石『虞美人草』)「嫌疑の火の手」(漱石『彼岸過迄』)「かんしゃくの電流」(漱石『道草』)「気まずさの閃電」(漱石『行人』)「炎の舌」(漱石「趣味の遺伝」)「想像の翼」(漱石『明暗』)「寸法に合わない笑い声」(漱石『坑夫』)「恋か、愛か、人情のつむじかぜ」(漱石『彼岸過迄』)「佐倉炭の白きなきがら」(漱石『虞美人草』)「濁ったしるの中に焦げたもちの死がい」(漱石『吾輩は猫である』)「弁当の死がい、すなわち、竹の皮、古新聞」(漱石『吾輩は猫である』)「彼女自身の記憶にふきんを掛けて、だんだんつやを出すつもりとも見られる」(漱石『彼岸過迄』)「向こう側にすわっていたヤマアラシが、おれの顔を見て、ちょっといなびかりをさした」(漱石『坊っちゃん』)「その時は非常に悲しかった。今はその悲しみも、ほとんど薄くはがれてしまった」(漱石『それから』)「[迷亭は]心配、遠慮、気がね、苦労を、生まれるときどこかへ振り落とした男である」(漱石『吾輩は猫である』)「ヒステリー性の笑いは、窓外の雨をついて高くほとばしった」(漱石『虞美人草』)
(24) この種の現前の擬人法の例も、(23)の隠喩の諸例に劣らず、無数に存在している。「嫉妬は女をスカウトするのがうまい」「この庭では地面が私に代って歩いてくれた」「ヴィヴォーヌ川がやせて醜くなっているのを見出だした」「紫色のカーテンの敵意とふりこ時計の傲慢な無頓着さ」「私におかまいなしに大声でわめきたてるふりこ時計」「二、三匹の雀蜂が日中に飛びまわって植物採集をしていた」「その部屋にはまだ冬のものでしかない火ざしが、火のまえに暖をとりにきていた」「昼食の後、太陽は、土曜日と知ってか、空の高いところを一時間だけ多くぶらついていた」(以上プルースト『失われた時を求めて』)「朝が両手に春をかかえて外で待っていた」(G.マクドナルド『リリス』)「太陽は東の門口にそっとあらわれた」(スティーヴンスン)「眠りが大股でわれわれに追いつく」(スティーヴンスン)「醜聞は戸口まで来ているのである。その結果がどんな致命的なものになるか公妃は恐ろしくて考えられなかった」(スティーヴンスン)「帰りかけたぼくの背中に老人の声が追いかけてきた」(井上ひさし『新釈遠野物語』)「栄次郎につづいて厠に入るおれの背中へ、職人たちの笑い声が追いかけてきた」(井上ひさし『手鎖心中』)「こんな話を聞いたら、ビスケットより軽く見られたとフランス語が怒るだろうが、当時のぼくたちはいつも腹ペコで、もしも自分の体が食えるものなら、よろこんで食べたに違いない」(井上ひさし『モッキンポット師の後始末』)「三毛のようなかわいらしいネコは、鐘と太鼓で捜して歩いたって、ふたりとはおりません」二匹というかわりに、ふたりといった」(漱石『吾輩は猫である』)「臭いところへ随行を命ぜられた名剌君」(漱石『吾輩は猫である』)「臭いところへ無期徒刑に処せられた[名まえ]」(漱石『吾輩は猫である』)「多忙に食い殺されはしまいかと思われる[顔色]」(漱石『吾輩は猫である』)「二十世紀を軽蔑するように立っているロンドン塔」(漱石「倫敦塔」)「目口その他の諸先生となんらの相談もなくでき上がった鼻」(漱石『吾輩は猫である』)「あらゆる弱点が穏やかな目鼻をさんざんにもてあそんだ」(漱石「永日小品」)「顔中は、はれ上がったようにふくれているまんなかに、ずんぐりした肉の多い鼻が寝ころんで、細い目が二つついている」(漱石「永日小品」)
(25) 例はそんなに多くはないが、たとえば「かれは実際廊下をうろうろ歩いているうちに、清子をどこかへ振り落とした」(漱石『明暗』)や、「『お茶がいいかい?』母はベッドからのろのろと降りて、魔法壜に手をかけた。ああ、といってぼくは見ていた。母にとって、ぼくは客だ。待人だ。お茶も入れられないほど、枯れ落ちてしまっているはずはない」(高橋三千綱『天使を誘惑』)などの傍線部は、多分に擬物法的で結合比喩をなしている。
(26) 他の例としては、「そのときの十分間で、彼は十年も年老いた」(太宰治『猿面冠者』)「「だから」の三文字は百万巻の御経に充分拮抗し得ているのである」(井上ひさし『自家製文章読本』)「烈しい寒気があなたを冷凍し、あなたの内臓まで氷漬けにする」(倉橋由美子『暗い旅』)「この鈍い痛みは眼球全部を涙と一緒に流し出さなければ止りそうもなく」(倉橋由美子『燃える指』)などがある。
(27) この種の撞着語法もしくは逆説の例も無数に存在している。「傲慢な慈悲心」「高潔な醜さ」「快い死刑執行人」「勇敢な臆病者」「美しい悪夢」「偽善的で愛情のこもった非難」「アリョーシャの敵であり味方であるクラソートキン」「何もしないでいて勤勉な女たち」「貴族的で庶民的なこの地区」「感謝していて恨んでいる気持ちを残すこと」「内気で血みどろの若者[=肉屋の店員]」「村の大時計のようにのらりくらりしていてきちょうめんな、漫然とさまようかと思うと整然とおさまった、無頓着でさきの用意をおこたらない匂」「野心家で小心だったヴォーグーベール氏」「その理由は無意味であったと同時に、深い意味をもつものだった」「ブロックの姉妹は、着すぎているとともに半裸体同様であり、活気がなくて活発な、豪華であって薄よごれた身なりなので、かんばしい印象をあたえなかった」「平和論者でありながら残忍なことをやるフランソワーズ」「この程度のことは、なんでもないことであると同時に、またたいしたことであっただろう」「ふかぶかとした、しかしつめたいあいさつ」「ただひとつのきずなではあるが千のきずなをわれわれからもぎとってしまう」「動かずにさかんに活動している機械[=モーター]」「その夜は、おそらく、わたしの生涯で、もっとも楽しく、そしてもっとも悲しい夜であった」「支那の広東地方では完全にくさった頬白のたまご以上にすぐれたごちそうを出すことはできないのですからね」「わたしがはじめに彼女[=オデット]をそれと見分けなかったのは、彼女が変わったからではなくて、変わらなかったからだ」「わたしが本当に祖母を亡くしたのは実際に失ってから相当の月日を経てからだった」「わたしはだれとも知りあいですし、だれとも知りあいではありません」「頭のいいひとであって、またそうではないんです。教育がありません、軽薄なところがあります、だが美しいものに対する本能をもっています」「もっともその点では、ジュピアンはうそをついていると同時に真実をのべているのだった」「それは真実でもあったしまた真実ではなかった」(以上プルースト『失われた時を求めて』)「僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしている」(芥川龍之介『或阿呆の一生』)「ぼくは秀才だ。頭がいい。そのぼくがわざわざ大学に入ることはないんだ」(井上ひさし『偽原始人』)「島村は無論私ではない。つまるところ駒子を引き立てる道具に過ぎないのだろう。それがこの作品の失敗であり、また成功なのかもしれぬ」(川端康成「あとがき」)「秀吉はつねにおのれの本心を首筋の血管のように露呈している男であり、つねに本気であり、たとえうそをつくときでも本心からうそをつけるめずらしい種類の男であった」(司馬遼太郎『豊臣家の人々』)
(28) 日本語で、転喩というとき、少なくともふたつの用法があることに注意する必要がある。一方で、故佐藤信夫氏の『レトリック認識』(講談社1981)でも、先の野内良三氏の『レトリック辞典』でも、転喩は西欧の古典修辞学におけるmetalepsisの訳語になっており、側写法の意訳的な別称が示すように、ある事柄を別な角度から描写をする修辞法を意味する。他方で、英語系の修辞法の包括的な手引書である池田拓朗氏の『英語文体論』(研究社出版1992)では、転喩はtransferred epithet(転移された付加形容詞)の訳語となっていて、本来修飾すべきでない位置に非論理的に形容語を移す技法を示している。ところが、この意味では、伝統的な修辞学には、代換法hypallageという修辞法が登録されていて、メタレプシスとこの代換法とはまったく概念が異なるものなので注意がいる。訳語で対応することには危険があるのだ。
(29) この兼用法syllepsisとくびき語法zeugmaも、転喩と代換のように、混同されやすい。同じように述語動詞が省略されるかたちをとることが多いのだが、それらの違いを説明すると、兼用法の基本形式は、レベルの異なるふたつ以上の主語や目的語(一方は原義的に、他方は派生的に使われる)をひとつの動詞で兼用させるものであり、それに対して、くびき語法の場合は、同一文中でSVOの構文が続くときに、二つ目以降の節の述語動詞を省略するもので、S1 V O1, S2 O2, S3 O3のように、後半は語の列挙のような様相を帯びる。
なお、基本語順の違いなどの関係で、くびき語法は日本語の構文にはなじみにくいものがあって、野田秀樹のように兼用法を得意とする日本の作家はいても(たとえば、「身も心も素顔も男女関係も乱れてる」とか「モデルに不必要な贅肉と教養をそぎおとしたからよ」とか、「古井戸の中に家財道具と一緒に真心もおとしたんだ」など)、くびき語法の日本語の用例は見つからない。そこで、訳ではわかりにくいかもしれないが、以下に欧米の例を示そう。「この部屋の中では、どの世代もそのひきぎわに、アルバムを、箱を、銀板写真を残していった。まるで潮が貝殻を[残していくように]」(F.モーリアック)「スカートをはいているのがご主人で、半ズボン[をはいているの]が奥さん」「名前は昔の意味をとり戻す。人々は昔の顔を[とり戻す]、我々は当時の我々の魂を[とり戻す]」「社交界の人間がポーズとかしつけの悪さと呼ぶ、官憲が反抗の精神と[呼ぶ]、隣人が狂気と[呼ぶ]、家族が利己主義とか傲慢と[呼ぶ]、あの野人の性格」「それは船員が海についてもっている、猟師が狩の鳥獣について[もっている]、医師でなくてもしばしば病人が病気について[もっている]その種の知識のようなもの」「兵士は戦死するまでに、泥棒はつかまるまでに、また一般の人は死ぬまでに、まだ無限の猶予期間があたえられていると思いこむ」(以上、プルースト『失われた時を求めて』)。
(30) 他の訂正タイプの例としては、「兄は、谷一つ隔てて向こうに寝ていた。これは、からだが寝ているよりも、ほんとうに精神が寝ているように思われた」(漱石『行人』)「お延より若く見られないともかぎらない彼女[お秀]は、ある意味からいって、たしかにお延よりもふけていた。言語態度がふけているというよりも、心がふけていた」(漱石『明暗』)「しかし、さすがに疲れている。寒さよりも、足よりも、ふとんのにおいよりも、煩悶よりも、厭世よりも――疲れている」(漱石『坑夫』)「夫の思いどおりになるような妻なら、妻じゃない、人形だからね」(漱石『吾輩は猫である』)「なにひどいものか、あんなのは婦人じゃない、愚人だ」(漱石『吾輩は猫である』)「母じゃない、なぞだ。澆季の文明の特産物だ」(漱石『虞美人草』)「あの瀬戸物はどこでできるんだ、と博物の教師にきいたら、あれは瀬戸物じゃありません、伊万里です、といった」(漱石『坊っちゃん』)「ビールはござりませんばってん、エビスならござります」(漱石『二百十日』)「人生を書いたので、小説を書いたのでないから仕方がない」(漱石「一夜」)「わがはいの考えでは、奥山のサルと、学校の教師が、からかうにはいちばん手ごろである。学校の教師をもって、奥山のサルに比較してはもったいない。――サルに対してもったいないのではない、教師に対してもったいないのである」(漱石『吾輩は猫である』)「衣服はかくのごとく人間にもだいじなものである。人間が衣服か、衣服が人間かというぐらい重要な条件である。人間の歴史は肉の歴史にあらず、血の歴史にあらず、単に衣服の歴史であると申したいぐらいだ」(漱石『吾輩は猫である』)「主人の話によると、フランスにバルザックという小説家があったそうだ。この男が、大のぜいたく屋で――もっとも、これは口のぜいたく屋ではない。小説家だけに、文章のぜいたくを尽くしたということである」(漱石『吾輩は猫である』)など多数がある。その性質上、異義復用法や列叙法をなすものも少なくない。
(31) 他の例としては、「判ったようで判らない、判らないようでやっぱり判らない文章」(井上ひさし『月なきみそらの天坊一座』)「医師は普通、療養に関しては楽観論であやまりを犯し、結論に関しては悲観論であやまりを犯す」(プルースト『失われた時を求めて』)などがある。
(32) おそらく、井上ひさし氏が下敷きにしたであろう、フランスの修辞学書によく出てくる暗示看過の典型的な用例はヴォルテールの次のものである。「私はあなたに、喧騒や叫喚、パリのあちこちで流された血については、語りますまい。父の死体のうえに折り重なるようにして死んでいる子、兄に妹、娘や母親。燃えさかる屋根のしたで死にかかっている夫婦、瓦礫のうえで押しつぶされた乳児。」(ヴォルテール『アンリヤード』)
(33) 逆に文脈比喩的な婉曲語法の例としては、「中国語の「愛人」は奥さんのことであり、ナンバー2のことではない」(梅田星也『日本語先生奮闘記』)とか、「追いかけようにも、小用が済まないから、放尿器を仕舞い込むわけにはいかないのである。」(井上ひさし『新釈遠野物語』)とか、「ついにコタールがやってきた、もっとも非常に遅れたのである、というのは、介添人の役を仰せつかったのがうれしくて、そのうえすっかり興奮したために、途中のカフェや農園を見つけ次第に立ち寄って、すみませんが『100号室』いや『小用所』はどちらですか、ときいたのであった。」(プルースト『失われた時を求めて』)などがある。
(34) これらは、現前の隠喩というわけではないが、卑語と敬語をミックスしたり、現実に存在していないものと存在しているものというように、異なったレベルの表現を無意識に突き合わせることによって効果を得ているように思われる。次例は意図的だが似たような効果をあげている。「[動詞のサ行変格活用も]全く考えないで口から出てくる。絶対に間違えない。天才のようだが当たり前だ。私は六十年間も日本人をさせていただいている」(梅田星也『日本語先生奮闘記』)傍線筆者。年配の作者のユーモアであろう。
(35) この種の諷喩の例としては、「今までは霧の中にいた。霧が晴れればよいと思っていた。このことばで、霧が晴れた。めいりょうな女が出てきた。晴れたのがうらめしい気がする」(漱石『三四郎』)「ビールの良いところはね、全部小便になって出ちまうことだね。ワン・アウト一塁ダブル・プレー、何も残りゃしない」(村上春樹『風の歌を聴け』)「九日目に新宿高校裏の青線でまた女とキャッチボールをした。二球投げて七百円ですんだ。安いと思ったら、淋病にかかったらしい、むずむずして仕事に差支える。医者に行ったら三千円とられて、結局高くついた」(井上ひさし『モッキンポット師の後始末』)「私は自分の欠点の上に楼閣を築いた。しかしそれを築くのに心を労したので私の心は今なおその廃墟に埋っている」(スティーヴンスン)などがある。
(36) 数字の誇張法の例については、拙稿「プルーストと数字の誇張法」(関西大学仏文学会編『仏語仏文学』第14号所収、1984)を参照。たとえば、そこには次のような例が収録されている。「[庭師の娘は]包囲陣からとびだすように出撃に移り、通の角に達した、そして百度も死線を越えたのちに、私たちのところへ、軍隊の報告を水差にはいったココ水とともにもたらした」「ロベールは百度もやましくなかった。しかし事情は常にひどくこみいったものなので、百度もやましくない人間が一度はやましかったということになりうる」(以上、プルースト『失われた時を求めて』)
(37) この種の例としては、「鼻[=鼻のめだつ女]が自分で来た」「先日、鼻とけんかをしたのは、鼻が気にくわぬからで、鼻の娘にはなんの罪もない話である」「そうさ、問題が問題だから、そう鼻のいうとおりにもならないね。もっとも、あの鼻なら、じゅうぶん鼻息をうかがうだけの価値はあるがね」(以上、漱石『吾輩は猫である』)「どてら[=「はんてんだか、どてらだかわからない着物を着た男」]」(漱石『坑夫』の冒頭数ページ)「大気炎」と評したのは、高柳君の隣にいたさつまがすり[=さつまがすりを着た男]である。高柳君はムッとした」(漱石『野分』)「そりゃ豪勢だ。実は、ぼくも少し持とうと思ってたんだが」と、四角[=「まっ四角な、色の黒い、タバコ入れの金具のような顔」の男]がいうと、「ありゃ実際意外だった。あんなに、とんとん拍子に上がろうとは思わなかった」と、ごましお[=「ごましお頭の、さいぜん中野君を中途で強奪したおやじ」]がしきりにごましお頭をかく。「もう少し踏み込んで、たくさんぼくの名にしておけばよかった」と、はげ[=「頭のはげた、鼻の低い、金歯を入れた男」]は三万二千五百円以外に残念がっている」(漱石『野分』)
(38) この種の例としては、「そうして額にしわを寄せて、指のまたにはさんだ小さな動物[=アリ]を、鼻の上まで持ってきてながめた。」(漱石『それから』)「ところへ、妻が、ちょっととけいを拝借、とはいってきて、また雪になりました、という。見ると、細かいの[=雨]がいつの間にか降りだした。風もない濁った空の途中から、静かに、急がずに、冷刻に落ちてくる」(漱石『永日小品』)「とにかく、迷惑なのは、臭いところ[=便所]へ随行を命ぜられた名刺君である」「鈴木藤十郎君の名まえは、臭いところへ無期徒刑に処せられたものとみえる」(漱石『吾輩は猫である』)「寒いのは、この五月の空に、かんかん炭をたいて、獰猛ども[=目つきの獰猛そうな男たち]がいろりへあたってるんでもわかる」(漱石『坑夫』)「ボーイは負けぬ気で、カモのロースか、小牛のチャップなどはいかがです、というと、先生は、そんな月並み[=月並みな料理]を食いにわざわざここまで来やしない、とおっしゃるんで、ボーイは月並みという意味がわからんものですから、妙な顔をして、黙っていましたよ」(漱石『吾輩は猫である』)などがある。
(39) この種の例としては、「ふと目がさめて、何をしているかと一分ばかり細めに目をあけてみると、かれ[主人]は余念もなくアンドレア・デル・サルト[イタリアの画家]をきめこんでいる[=写生をしている]」(漱石『吾輩は猫である』)「ときに、きみはやはりあのハムレット[=甲野という男性]のうちへ行くのか」ときく。「甲野のうちかい。まだ行っている。きょうもこれから行くんだ」と、なにげなくいう」(漱石『虞美人草』)「この時、一両の車はクレオパトラ[=藤尾という女性]の怒りを乗せて、韋駄天のごとく新橋から駆けてくる」「クレオパトラの怒りは、ふとんの上でおどり上がる」「稲妻ははたはたとクレオパトラのひとみから飛ぶ。」(以上、漱石『虞美人草』)「湯船のほうはこれくらいにして、板間を見渡すと、いるわいるわ、絵にもならないアダム[=銭湯の裸の客]がずらりと並んで、おのおのかってしだいな姿勢で、かってしだいなところを洗っている。そ
の中にもっとも驚くべきのは、あおむけに寝て、高いあかりとりをながめているのと、腹ばいになって、みぞの中をのぞき込んでいる両アダムである。これはよほど暇なアダムとみえる」(漱石『吾輩は猫である』)「倫理の先生は、丹波のササ山[=ササ山の猿=生徒たち]を連れて、表門から落雲館へ引き上げる」(漱石『吾輩は猫である』)「ここにもベニス[=べニスの掘り割り]が一枚ある。『これもベニスですね』と、女が寄ってきた。『ええ』といったが、ベニスで急に思いだした」(漱石『三四郎』)「誠太郎に兄のへやからマニラ[=タバコ]を一本取ってこさして、それを吹かしながら、雑談をした」(漱石『それから』)
(40) 代称Kenningは散文の世界では先のメタレプシスと同一視してよいように思われる。この種の例としては、「ふたりの問答をうしろのほうで冷淡に聞いていた須永は、かぎならぼくが持ってきているよ、といって、冷たい重いものをたもとから出して、おばに渡した」(漱石『彼岸過迄』)「一週間ののち、ふたりの血を分けた情けのかたまり[=流産した胎児]は、ついに冷たくなった」(漱石『門』)「昔、ギリシャにイスキラスという作家があったそうだ。この男は、学者、作家に共通なる頭を有していたという。わがはいのいわゆる学者、作家に共通なる頭とは、はげという意味である。」(漱石『吾輩は猫である』)などがある。これらは、美化法・婉曲語法や提喩にも関係するにちがいない。
(41) 反語の好例としては、「主人はまた書斎から飛び出して、この君子流のことばにもっとも堪能たるひとりをつらまえて、なぜここへはいるか、と詰問したら、君子はたちまち、
『おめえ』『死らねえ』の上品なことばを忘れて、『ここは学校の植物園かと思いました』と、すこぶる下品なことばで答えた」(漱石『吾輩は猫である』)などがある。
(42) 他の例としては、「ただ礼儀を知ってもいましたが、無礼もまた知らないではありませんでした」(プルースト『失われた時を求めて』)「はいるほうも愚だばってんが、とられたほうもあまり賢くはなかごたる」(漱石『吾輩は猫である』)「津田はわれ知らず、この小さい目から出る光にひきつけられることがあった。そうして、また突然なんの原因もなしに、その光からはね返されることも、ないではなかった」(漱石『明暗』)「助けてくれといううちに誠はあろう。殺すぞと叫ぶうちにも誠はないこともあるまい」(漱石「趣味の遺伝」)などがある。
(43) 他の例としては、「この意味がわかるかい。わかるだろう。わかるべきだ。わからなければおよねさんは人間じゃない。鬼か蛇だ。わかれ」(井上ひさし『小林一茶』)「はじめは投手で四番だったが、部員が殖えるにつれ、三塁で五番、二塁で二番、しまいには右翼で七番と、中心選手の座から滑り落ち、結局はスコアラーに落ち着いた」(井上ひさし「自筆年譜」)などがある。
(44) 擬声語・擬態語の反復については表現的な例は少ないが、たとえば次のようなものがある。「雄が太い声でコケッコッコというと、雌が細い声でケケッコッコという」(漱石『草枕』)「かきねの朝顔が茶色に枯れて、ひっぱるとガラガラ鳴る時分、白いもやが一面に降りて、町のはずれのガス灯に灯(ひ)がチラチラすると思うと、また鉦が鳴る。カンカン竹の奥でさえて鳴る」(漱石『二百十日』)。「カーテンが茶色いヨレヨレのヒモのようになってて、畳はケバケバになったのがすり切れて、まるで砂地のようにザラザラしていた」(つかこうへい『蒲田行進曲』)。
(45) 他のパロディーの例としては、「涙かくして尻かくさず」(星新一語録)「おや、本を読んでるからだいじょうぶかと思ったら、やはり聞いてるね。油断のできない男だよ。耳も八丁、目も八丁とは、きみのことだ」(漱石『吾輩は猫である』)「北岡のはなしでは「先代の時代は飛ぶ鳥どころか、飛ぶ飛行機まで落しかねない羽振りのよさでよ、昭和二十二、三年頃は若者頭が十人、若い衆は七、八十人いたものだ」そうです」(井上ひさし『幻術師の妻』)「ハムレットのように、存在する、存在しないか、ということではなく、[ホモの社会に] 所属するか、所属しないか、ということなのだ」(プルースト『失われた時を求めて』)などがある。なお、ことわざの改変については、武田勝昭氏の『ことわざのレトリック』(海鳴社1992、pp.222-5)を参照されたい。
(46) 大塚高信氏の『シェークスピアの文法』(研究社出版1976)には、他に次のような撞着語法の例が収録されている。「こんな音楽的な騒音、こんな快い雷鳴は聞いたことがない」(シェークスピア『真夏の夜の夢』)。
(47) ちなみに、石井慎二氏編の『珍国語 国語教科書ハイジャック』(JICC出版局、1982年、226-7ページ)は、この種の列叙法による文構成を超LSI型造形文とか多重パターン造形文と称して、椎名誠の文章の特色としている。
(48) この『地下鉄のザジ』などで知られたクノーも、井上ひさしのように、きわめて修辞意識の高い作家であり、われわれは、すでに彼による見事な提喩の実例(本文26b)を知っている。cf.R.クノー (朝比奈弘治氏訳)『文体練習』朝日出版社1996
(49) A.J.グレマスの用語。発話の意味論的規範。
(50)「われわれには、主要な文彩の純粋に操作的な分類がまだ欠けている(だが、多分、作ることができないのだ)。なるほど、われわれは、修辞学辞典のおかげで、偽似自嘲法、頭尾反復法、逆言法とは何かを簡単に知ることができるし、しばしば非常に神秘めいた語から実例へと向うこともできる。しかし、われわれに、逆の行程を歩ませてくれる、(テクストに見出された)文から文彩の名へと向わせてくれる本は全然ない。私が『かくも多くの影の上に震えるかくも多くの大理石』という文を読む時、それが代換法であるということを、すでに私が知っていないとしたら、どんな本が教えてくれるだろうか。古典的テクストをそれらのメタ言語自体によって分析しようとする時に役に立つ帰納的な道具がわれわれには欠けているのである。」(R.バルト、沢崎浩平訳、『旧修辞学便覧』、みすず書房、1979年、146-7ページ) すでに他所でも引用済みのものだが、修辞学が衰退したのも、学校作文などに再度取って代ることができないのも、この種の修辞認識のとらえにくさに起因していると考えるとき、われわれはこの重要な提言に注意を払わないわけにはゆかない。